高齢者福祉 各国日系共同体の実状(4)=アルゼンチン・ブエノスアイレス=必要叫ばれて10数年=十分といえない対策

5月20日(火)

 在亜日系社会において高齢者福祉対策の必要が叫ばれるようになってから十数年になるが、その対策は今でも緒についているとは言えない。漸く『福祉』の意味が分かりかけてきたという段階にある。
 在亜日系社会が高齢化の時代を迎え老人福祉が日系社会の福祉問題となった時、日系社会が考えたのは日本政府の援助で日系人用の『老人ホーム』を建ててもらうという他力本願にもとづくものであった。つまり、福祉とは政府が特定の福祉団体がやってくれるものとの考えが支配的で、そこから国際協力事業団へお百度を踏むことになったのである。
 その結果、在亜日系社会に有志のイニシアチブの下に『福祉センター』の如き団体が誕生し、篤史家の協力を得て専ら日系老人を対象とする『老人ホーム』が設けられたまではよいが、そこに老人を預けた家族たちは老人の世話は『老人ホーム』の仕事と見て、預けたっきり、一回も訪問に来ることなく、ひどいものになると三十年も顔を見せない家族もあるぐらいで、『老人ホウム』とは名ばかりの、体(テイ)のいい「うば捨て山」の観を呈することになったのである。つまり、高齢者対策とは慈善事業だったのである。
 現在、在亜日系社会には『日亜福祉センター』の経営する『日亜荘』と『在亜沖縄県人福祉財団』の経営する『老稚園』という二つの日系専用老人ホームがあるが医療設備や介護サービスを欠くところから身体障害者のお断り。健康な老人のみが入れるということで、元気なお年寄りたちが一堂に会して楽しむという老人クラブのような存在となり、介護を必要とする老人ホームの機能から外れたものとなった。また、健康な入居者でも医療や介護を必要とする病人となると退去してもらうということで、「これでは老人ホームの意味はない」ということになって現在、この二つの老人ホームは『閉店休業』の状態にある。
 以上のようなわけで在亜日系社会の高齢者福祉対策が完全に行き詰まったのであるが、これを打開して福祉問題の解決に目を開かせてくれたのが「福祉問題は我々の問題。政府や特定の慈善団体を当てにするのでなく我々自身が解決に努力し、我々の努力だけでは手に負えぬところを政府や慈善団体にお願いする」という自力本願の考えが生まれたことである。
 在亜日系社会がこのように自覚するに至ったことについては国際協力事業団が派遣する福祉専門のシニア・ボランティアの啓蒙活動に負うところが多い。シニア・ボランティアの派遣は四回になるが、何れも日本での福祉活動、特に高齢者福祉対策の実況を紹介、ボランティア活動に頼っていることを教えてくれたことである。そして福祉問題を肌で学ぶため国際協力事業団の協力で、福祉研修生をボランティアの中から選んで日本に送り、日本での福祉活動に身を置かせてボランティアによる福祉活動のいかなるものかを体験させ『理論』と『実践』から理解させたことである。現在、在亜日系社会の福祉活動は『在亜日系団体連合会』付属の福祉委員会と日系大学卒業生たちによって組織されている『日系学士会』が中心になってボランティア活動を進めており、その数は漸次増加する傾向にあるが、このボランティアの中心となっているのが日本での研修生出身者である。老人ホームの建設などについても日本政府や特定慈善団体の資金援助でやってもらおうというような『理想論』から、アルゼンチンにある既成の老人ホームを利用して日系専用の場所を設けてもらうというような『現実論』に変わってきている。つまり、今までの『宙に浮いた』考え方から『地についた』考え方と移ってきているのが在亜日系社会の高齢者福祉対策である。
 とは言っても、今のところは。まだ『福祉に目覚めた』という段階で効果を挙げるのはまだまだ先のことであるが、とにもかくにも「福祉活動は我々の手で」という自覚が生まれたということは在亜日系社会の福祉活動にとって大きな前進と言えよう。効果的な高齢者福祉対策も、そこから生まれるのではなかろうか。既に小さくはあるがボランティアたちの手で高齢者用のオムツや身体障害者用の衣類などを作る作業場も出来ているし、ボランティアの手による思い思いの手工芸品、菓子類を売って福祉活動の資金にしようという動きも起こっている。また、在亜日系社会に呼びかけて不用となった車椅子や松葉杖その他の高齢者用器具の寄贈や貸借を求める動きもあって、在亜日系社会の高齢者福祉対策は徐々にではあるが具体化に向かいつつある。
 それは『対策』などと呼べるものではないかも知れない。しかし『福祉』に対する良心が生まれ、成長しつつあるということは否定できない事実である。これは『対策』を生む原動力となるであろう。

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