激減する野生らん=蘭に魅せられた男=サンパウロ州の環境破壊を語る=貴重さ増す協会の蘭事典

8月2日(土)

 日本では『蘭に魅せられた男―驚くべき蘭コレクターの世界』(スーザン・オーリアン著 早川書房 〇〇年)が話題になっている。それを原作にした映画『Adaptation』が今年初めにはアカデミー賞を受賞、世界的に蘭の魅力を知らしめた一作となった。ブラジルにも、〃蘭に魅せられた男〃は数多い。その一人、七七年に『ブラジルの野生らん』(サンパウロ蘭協会創立十周年記念出版委員会編)を、中心になって編集・出版した野口博史さん(六二)に、蘭と環境破壊について尋ねてみた。

 「ブラジルも環境破壊が進んでしまったため、『ブラジルの野生らん』に出てくる蘭で、今では見ることができなくなっているものが、だいぶあります」と野口さんは残念がる。
 最も進化した植物、古来から人々の心を惹きつけてやまない花――。そう『蘭に魅せられた男たち』は紹介する。世界の貴族や資産家を狂わせてきた蘭は、全世界で六万種発見されているが、その半分近くがブラジルを原生地とするそう。
 三重大学蔬菜園芸を卒業した野口さんが、渡伯したのは一九六四年、東京オリンピックの年だった。その頃の海岸山脈一帯には、「地面にいっぱい蘭が生えていて、踏まないように歩くのに苦労するぐらいでした。当時の海岸山脈は夕方から翌朝まで霧に包まれるような、蘭の生育に適した気候でしたから」。
 その後、アンシェッタ街道、イミグランテ街道が海岸山脈を貫くように造成され、生態系は激変した。「その頃から、だんだん霧が発生しなくなってきたんですね。七〇年代中ごろには、地面には生えなくなり、木の上、目線以上の高さのところでやっと見られる状態になってしまいました」。サンパウロが南米一の工業地帯として発展すると同時に、住宅や工場用地の拡張工事が進み、森林が伐採され、生息地域は急速に狭められていった。
 八〇年代終わり頃には、「木の枝先とか、探さないと目に入らないような存在になってしまいました」。これは、世界的な蘭ブームに伴って、乱獲されたことも影響するらしい。
 この『ブラジルの野生らん』出版準備のために、野口さんら編集スタッフはブラジル全土を二年間費やし、合計十数万キロを走破した。撮影・収集した野生らんの生態が分かる写真が収録されている。
 A4版・革張り表紙の金箔文字入り豪華本で、野生らんの生息地での写真が五百枚収録されており、全三百六十八ページのうちカラーは三百ページ。日本で印刷され、値段は日本では三万五千円、ブラジルでは百五十ドルで販売され、初版一千部は二、三年で売り切れになり、第二版がブラジルでも出版された。
 「天皇陛下にも献上されることになり、日本の印刷会社も当時としては最高の紙、印刷技術を使ってくれました」と語る。
 環境破壊が進み、今ではこの本の中でしか見られない蘭まで出てきたことで、皮肉なことに、本の価値はますます高まってきたようだ。