日本文化の伝承を考える(21)=活動としての文化伝承=(3)人間関係の文化

3月20日(土)

  法の強化などによって交通事故が少なくなり、汚職や犯罪が少し減ると言ったことはあるものの、社会の秩序は法規制で成り立っている訳ではない。ある社会の持つ文化規範を身に付けて生活する普通の人は、だいたい一生、法律や警察や裁判所の世話にはならない。人は社会の持つ文化規範に基づいて判断を下し、それによって行動している。そして社会はそれによって動いており、多くの人々はこの規範を意識することもなく暮らしている。伝統的な社会では、そこに生活する人々が意識することもないほどこの規範は人々の中に行き渡っている。
 文化を伝承するという人間の意識的活動を起こすとき、日常の生活では意識する必要もない「人間関係の文化」を明確に意識し把握しなければ、これについて議論できない。
 二世の人たちに「あなたは日本文化を受け継いでいると思いますか」と質問すれば全ての人は受け継いでいると答える。次に「日本文化のどのようなところを受け継いでいますか」と尋ねると曖昧な内容の返事しか得られない。例えば、日本人の考え方を受け継いでいるとか、日本人の習慣を受け継いでいると言うように。恐らく彼らの内面において、どこまでが日本文化でどこまでがブラジルの文化なのか明確に認識出来ないでいるのだろう。
 日本人(一世)の家庭内で育ち日本語も話せる二世は、二つの文化を経験している。家庭内における両親の日本人としての自覚の度合いによって、二世が受け継ぐ日本文化の度合いは異なる。この二つ文化を受け継いだ二世の内面を分析することが出来れば、二つの文化がどのような形で相容れて存在するのかが見られるのだが。実のところ私には日本文化がどのような形で相容れるのか想像するしかない。いずれにしても双方の文化の内容を出来るだけ明確に把握しなければ、どこまでが日本文化でどこまでがブラジルの文化なのか認識することはできない。
 日本人は正直・誠実・勤勉という特質を持ち、「ジャポネス・ガランチード」などと言われブラジル社会で信頼を得ているので、この様な日本人の持つ良い特質を伝承しなければならないとの意見を何度も耳にする。一世が、二世・三世の人達にこのような意見を押し付けると、即座に拒否反応を示す人さえいる。文化の伝承を一世(日本人)の側から考えると、どうしても日本文化が主体となり自己主張するような議論となり易い。既に述べた如く、二世、三世(ブラジル人)の側から見れば、ブラジル文化はどのような形で他の文化(日本文化)を許容出来るかの問題である。即ちブラジル文化が主体である。
 日本人が長い歴史の中でいちばん巧妙にしてきたことは、自らの文化の基本を変えずに、自らに最もふさわしいものを選択してきたことだ。それはあたかも季節にあった服に着替えるように。一世が日本文化の伝承を議論するとき、ブラジル人もそのように文化を受け入れると思っているのではないだろうか。=終わり=(中谷哲昇カザロン・ド・シャ協会代表)