コラム 樹海

 今年は豊漁だったのかイワシをよく食べた。塩焼きが一般的だが、爼で叩き摺鉢で擦った「摘み入れ」もいいし、活のよいのは手開きの刺し身がなんともうまい。聞くところによると、ここ数年は不漁が続いたそうでサンパウロでも新鮮なイワシにありつけることは少なかった。どうやら―海の魚にもいっぱい獲れるときといなくなるときがあるらしい▼日本はここ数年というものイワシはほとんど獲れない。海流のせいか乱獲のためかは不明ながら―その昔は肥やしにするほどの大漁であったのにである。あまりに豊富だったためか平安の公家さんらは下等な魚として嫌ったらしが、あの美味を知らないのは何とも可哀想な貴族さんらと同情したくなる。無論のこと。宮廷の人々にも例外はある。あの「源氏物語」の紫式部はイワシが大好物だったそうなのだ▼ご主人の藤原宣孝はイワシ嫌であり留守のときにはこっそりと焼いて心おきなく食味を楽しんだという。藤壷との禁断の恋や空蝉、夕顔などとの妖艶な恋物語を繰り広げる光源氏とイワシはいささか不似合いながら紫式部は、好きなものは好きを通したのに違いない。こんなエピソードもあるイワシだが、漁獲が余りにも低調なので水産庁は日本海での禁漁を打ち出したのはいいが、漁師らの猛反発で撤回の方針に逆転したらしい▼今年の日本は秋の味・サンマが獲れすぎての豊漁貧乏になってしまい漁期を短縮し価格調整に励んだが、獲れすぎても困るし不漁もまた大変―と、海の魚も難しい。 (遯)

  04/09/14