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コラム 樹海

  20世紀は「戦いの時代」とされるが、日本を例にとっても日清・日露戦争に始まって第一次、第二次大戦と戦火に明け暮れた。平和が訪れたのは昭和20年の八月15日からであり、今や「戦争の怖さ」を忘れたかのような顔すらする。広島の原爆や長崎の平和祈念像を見学すれば―「平和の尊さ」を実感するだろうが、これとても、アウシュビッツの惨劇には及ぶまい▼独のヒットラーが率いるナチスがポーランドに建設した「地上の地獄」「欧州の墓場」とされるのがアウシュビッツ収容所である。ヒットラーが嫌い撲滅しようとしたユダヤ人を罪の有る無しに拘わらず皆殺しを目的にするための施設である。コンクリ―トの柱に鉄道の線路を渡し一度に5人も10人をも絞首刑にする残酷な死の祭典もあった。最も有名なのはチクロンBを使った毒ガス室での大量処刑であろう▼遺体も簡単に放棄されたのではない。髪の毛は布に織られ、皮膚や遺骨は肥料にされる。ユダヤ民族を絶滅させるための断種実験も盛んだったし新薬の投与や各種の医療技術の試験も行われたの記録も残る。収容所に入ると、氏名は消され腕に彫られた番号が唯一の身分証明書となる悲劇も重なり、ユダヤ人を人間と見なした扱いはまったくない▼このアウシュビッツと近くにあるビルケナウ収容所でユダヤ人がどれだけ殺されたのかの完璧な資料はないが、110万人から150万人と推定されている。何の抗弁も許されずに死に追いやられたこの人々の悲しさを忘れてはなるまい。この収容所解放60周年が27日厳かに開かれた。    (遯)

05/1/29

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