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日系農協活性化セミナー視察旅行=イビウーナ農業の挑戦①=コチア倒産乗り越え=野菜販売に工夫、差別化

2月3日(木)

 午前七時、朝食のバナナを口にほおばった記者を乗せ、バスはニッケイパラセホテル前を出発した。ふと目を覚ますと、ドライブインか。再び眠ろうと思ったが、「着いたぞ」と威勢のいい声に起こされた。
 アルゼンチンのメルコフロール農業協同組合の森田健一さんだ。威勢がよく、いたずら少年のような表情を見せる。
 うらめしそうな表情を抑え、外に出た。寒い。イビウーナはサンパウロ市よりも高度が平均で約百メートル高い。真夏のブラジルの寒さにいらだったが、仕事なので文句は言えない。
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 第五回日系農協活性化セミナー(一月二十四~二十八日)最終日、農業生産地帯視察のためイビウーナ市を訪問した。農牧畜共同組合、同市周辺の蔬菜農家、花卉生産者、有機栽培農家を見て回った。
 着いたのはイビウーナ農牧畜共同組合(斎藤ジョルジ理事長)の事務所兼作業場。建物を二階に上がると突き当たりの廊下にはコチア産業組合の写真が飾られていた。
 この建物がコチアの手を離れ、債権者団体に渡ってから十年以上がたつ。
 「コチア組合とは親のような感じがしていました。それが急になくなって私たちはどうすべきか悩みました」。斎藤理事長はいう。
 現在、同組合では二年毎の契約で、もともとは自分たちのものであったこの建物を借りている。
 コチアが解散した一九九三年直後、斎藤理事長は二十数人で肥料や農薬の購買会社を設立した。二年半ほど続けたものの「税金の支払いなどで上手くいかなかった」。ブラジルの税金の高さは世界有数と言われている。
 九五年、購買に加え、農作物の販売も行うことを目標に掲げ、組合をたち上げた。しかし、債権者団体は既に作業場を貸し出しており、退去予定日になってもなかなか出て行かなかったため活動開始は遅れていた。
 「場所はないが、雨の中ででも今日から始めます。そうしないといつまでも始まらない」。斎藤理事長が必死に呼びかけ、文字通り何も無いところからの出発だった。十軒ほどのスーパーマーケットや飲食店に蔬菜類を出荷することから活動が始まった。
 今までは自分の好きなときに出荷すればよかったのが、スーパーマーケットには定期的に定量を納入しなければならない。組合員の間で生産を分担する必要が生じたが、「組合員にそのことを分からせるのが大変でした。品物が足りない時には周りから購入して出荷しなければならなかった」。
 一行は事務所を離れ作業場へと向かった。
 作業者たちが、トラックから降ろし出された白菜の葉を色が黄緑色になるまでむしっていた。このようにすることで清潔感が増し、売上が七、八倍増すという。
 「caisp」。出荷する製品の包装紙には同組合を表すこのマークがつけられている。ブランド化させることにより他団体の商品との差別化を図るためだ。
 現在、組合員数は五十人に増え、取引先も百を越えるに至っている。事務所や作業場を他の場所に移す計画も進行している。
 「今のところはいつまで借りることが出来るか分からない。それに手狭になっている」。二年以内に思い出の場所を離れ、完全に独り立ちする。
 既に五万平方メートルの敷地を購入しており、冷蔵装置に加え、現在は各組合員の家で行っている野菜の包装作業をまとめて行う設備も整える予定だ。
 「葉っぱがもったいない。漬物にでもしたらいいのに」。森田さんはつぶやいた。一行は次の目的地に向かった。
(つづく、米倉達也記者)