たくさんの出会いに恵まれる幸せ―ふるさと巡り、各地で先亡者慰霊―=連載(11)=戦前からの記録=フランカの精神病院に=日本人数10人入院していた

5月5日(木)

 「実は、このフランカの精神病院には、五十~六十人ぐらいの日本人が入院していた記録があります」。フランカ地域日伯協会の南原光洋前会長(46、二世)は衝撃的な事実を明らかにした。しかも、ほとんどが一世だったという。
 「第二次大戦の頃からの記録です。おそらく実際に気が狂っていたのではなく、単身でカフェザル(コーヒー農場)に働きに来て身寄りがなかった人が身体を壊した時、彼らはポルトガル語がしゃべれないからブラジル人医師は症状がよく分からず、とりあえず精神病院に入れるように指示した人たちではなかったかと推測しています」
 元々はコーヒー農園で栄えたこの町には、日本人労働者がそれなりの人数が居たのではないかと推測される。「場合によっては、迷子になって引きとり手がなく、言葉も分からないからと精神病院に入れられた人もいたでしょう。誰も日本語が分からないから、彼らはキチガイ扱いされたのかもしれません」。
 これはある学生が大学の論文を書くのに調査していて、「病院の資料を翻訳するのを手伝ってくれ」と言われて四~五年前に判明した。
 多くの入院患者はイデンチダーデ(身分証明書)も持っていなかったようだ。「もし家族がいても、あれじゃあ、探しようがなかったんじゃないかと思います」。
 その頃、「まだ日本人一人が生き残っていることが分かり、慌てて妻が病院に見舞いに行きました。日本語で話しかけても自分の名前も、歳も言わなかったそうです。でも、持って行った寿司や饅頭は喜んで食べていました」という。
 三年前、最後の日本人入院患者がひっそりと息を引き取った。
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 ふるさと巡り六日目の四月六日、一行は朝七時半にホテルを出発し、フランカから二十キロ離れたクリスタイス・パウリスタ市を訪れた。人口七千人の農村で、近藤エリオさん(44、二世)が市長を務める。彼のおかげで昨晩から一行のバスにはパトカーが同行、道案内兼警備をしてくれる。まるでVIP扱いだ。
 ひなびた町の中央にある教会、その前の広場でバスから降り、すがすがしい朝の空気を吸った。町周辺にはカフェ、トウモロコシ、大豆などの農場が広がる。
 「息子が市長になったら大変だ、と最初は思いました」。市長の父、近藤満州美さん(72、福岡県)は言う。兵隊に行っていた叔父が満州事変から帰ってきたその夜に生まれたので、「美しい満州」という名を付けられた。
 一九三四年、家族に連れられ二歳で渡伯した。最初はモジアナ線のサンシモン耕地、その後はノロエステ、パラナのウムアラーマでカフェを作った。クリスタイス・パウリスタに移ったのは七三年だった。
 エリオ市長は昨年十月の地方統一選挙で初当選。五人兄弟(うち一人は娘)の長男だ。「最初、家族は政治家になることに反対でした。だって、それまではブラジルの政治家はあまりにも汚いと思っていたから。うちの息子は、とっても真面目で、人をごまかすようなことはできない性格なんです。だから、最初は向いてないと思った」と振り返った。
 この町に日系人はわずか五家族。それゆえ、日系人への信用はとても厚い。その重い看板を背負っての出馬となる。父親としては苦汁の決断だった。「男と生まれたからには、何としてもやるべきだと思い直しました」。ポケットからハンカチを出し、静かに涙を拭いた。「ファベーラをなくし、スポーツや教育に力を入れる公約です。町のみんなはとても期待していますから」。
 「僕はカフェしか、よう植えきらんですよ」。一行の一人一人と丁寧に握手をする息子を横目に、カフェどころか、立派な市長を育てた父親は嬉しそうに目を細めた。
(つづく、深沢正雪記者)

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