たくさんの出会いに恵まれて―ふるさと巡り、各地で先亡者慰霊―=連載(14)=『ふるさと』歌えば昔に戻る=名残り惜しく 「もっと涙流したい」

5月11日(水)

 HIC DOMUS DEI ET PORTA CAELI――。バタタイス市のボン・ジェズス・ダ・カンナ・ベルジ教会正面玄関に、高々とラテン語の文字が刻まれていた。
 「ここは神の家、天国への扉である、って書いてあるのよ」。和田始さん(75、二世)は何気なく読む。「中学校で二年間ラテン語勉強したから」。日本の学校ではありえない幅広い教養だ。約六十年前、サンパウロ市サンジョアキン街にあったアングロ・ラチーノ校で習ったそうだ。
 ふるさと巡り最終日、四月七日朝、〃靴の都〃フランカを後にした一行のバスは、九時四十分にはブラジルを代表する巨匠カンジド・ポルチナーリの絵画を多く所蔵することで有名なこの教会を見学に訪れた。
 「ここのあるポルチナーリの絵をまとめて六千万ドルで売らないか、と以前ルーブル美術館が言ってきた。ここの収蔵品はブラジルで一番充実している」。案内に立ったアントーニオ・オタヴィオ・スクアリーゼ氏の声が聖堂にこだまする。
 この町にはイタリア系が多いこともあり、バチカンのサンペドロ大聖堂を模してこの教会は設計され、本物の八分の一の大きさだという。一九二七年から四二年の間に建設された。現在の人口は約五万人。スクリアーゼ氏によれば、元々さつまいも(バタタ・ドッセ)の生産地として有名だった事からこの名前が付けられた。
 ポルチナーリは一九〇三年十二月三十日、ここから十キロほど離れたブロドウスキーという小さな町で生まれた。一九二八年頃、四年間ほどパリを中心に欧州を旅行したが、生涯の大半をリオで過ごした。
 「彼は共産党員だったから、赤という色には特別の想いがあり、生涯を通して自分の作品に使わなかった」という。同氏の説明によれば、共産党から二回国政に出馬するも両方落選した。
 参加者の一人、中原富江さん(76、長野県)=サンパウロ市タトゥアペ在住=は「思いがけず、素晴らしい絵に出合えた。今回の旅行で一番良かったです」と感想を語った。
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 リベイロン・プレットのシュラスカリアで昼食をとった時、参加十四回目の多川冨貴子さん(68、三重県)は、ゴイアス日伯協会の親睦晩餐会で出会った高橋さんという六十過ぎの女性のことが、今回最も記憶に残っていると語った。
 その女性の話では七~八年前、家に帰ってきたら夫が強盗に刺されて死んでいた。最愛の娘も三年前に亡くなった。それでも「ここはいいところ。ブラジルに来て良かった」と語っていた姿が印象的だったという。
 晩餐会の最後に恒例の「ふるさと」を歌う時、多川さんは彼女に音頭をとってくれと頼んだ。「身体を揺さぶって楽しそうに歌っていました」。
 高橋さんは「本当に久しぶりに『ふるさと』を歌った。まるでサンパウロに住んでいた昔に戻ったような気分になった」と語ったそう。最後に、多川さんと抱擁し「また会えるかね」と涙を流した。
 「もっと日本人がいるところを回ってもいい。温泉に二日もいるなら、もう二つぐらい行けた。ふるさと巡りなんだから、現地の移住者と接してこそ意味がある。二十年前に行ったところをもう一回行ってもいいわよ。涙を流さないと、この旅行じゃない」と旅の終りを名残惜しそうに語った。
 今回十九回目という最多参加、故・和田周一郎氏の長男の一男さん(80、二世)=ソロカバ在住=は写真を撮るのが趣味で、今回だけで三十八枚撮りフィルムを八本も使った。「後で見るのが楽しみ。昔の写真もあるしね」と帰路の車中に顔をほころばせた。
 午後六時、一行は無事一週間の旅を終え、リベルダーデ広場に到着。たくさんの出会いと思い出を胸に、各自家路についた。
 (終り、深沢正雪記者)

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