〃喜寿〃迎えたバストス=だれでも参加しやすく=慰霊祭を「無宗教」で=歴史をスライド上映で観る 養鶏場第1号も説明入り

6月21日(火)

 【バストス発】十八日、バストスの入植記念日にあたるこの日、七十七周年記念先亡者慰霊祭がバストス日系文化体育協会(真木勝英会長)と中央区親睦会(木村豊会長)の共催で行われた。祭りは、四年前から「無宗教」で行われている。誰でも参加しやすく、という趣旨だ。数多い日系団体の慰霊祭のなかで、おそらくバストスだけとみられる。朝から雨もよいであいにくの天気にもかかわらず、開始時間の午後八時には、約百五十名の参列者が会場のバストス文協会館に集まった。
 日伯両国国歌斉唱に続いて黙祷が捧げられ、真木会長、ナタリーノ・シャーガス市長、市会議長らバストス市各界の主だった人びとが、先人への感謝の気持ちと、その遺志をついでバストスの未来を拓いていく決意を述べた。
 日本語学校生徒、カチューシャ・マユミ・コバヤシさん(18)とフェリペ・コウジ・ホシノくん(17)が掛け合いで読み上げた献辞は、内容とふたりの真摯な態度がぴたりと合った見事なもので、会場全体を厳粛な雰囲気で包んだ。続いて参列者ひとりひとりが、祭壇に菊の花を供え、先人の霊に手を合わせた。
 バストスの慰霊祭では、例年ちょっとした趣向が用意されている。式の締めくくりに、今年は「博物館所蔵写真でたどるバストスの歴史」と題されたスライド上映が行われた。市の博物館では、現在、所蔵資料整理の一環として写真のデジタル化に取り組んでおり、今回は、すでに作業を終えた移住初期の写真を利用した試みであった。第一号養鶏場や、バストス最初のトーキー映画上映記念写真などがナレーション入りで紹介され、スクリーンに大写しになると、あちこちでざわめきがおきた。
 開拓の先人を対象とする慰霊祭は各地で開かれているが、バストスのやり方にはひとつの特徴がある。「無宗教で行っているのはここだけかもしれない」と話す宇佐美宗一氏は、四年前まで各宗教団体が持ち回りで取り仕切っていた式典を、無宗教に変えることを発案した本人である。
 バストス市民にはキリスト教徒も仏教徒もおり、特定の宗教が慰霊祭を行うことで、だれでもが参列しにくい状況が生まれる。文化協会としてはそういった事にも配慮すべきだという考えが当時の役員から賛同を得た。各宗教団体には、ひとつずつ出向いて説明し、理解を求めたという。無宗教の慰霊祭が行われるようになって今年で四回目、なかには、「やはり線香をあげないと感じが出ない」という意見もあるが、一応の定着は果たしたとみている。
 町中の花屋からかき集められ、会場を美しく飾っていた百十鉢の菊は、毎年すべて参列者に配られる。式場でバストス七十七年の歴史に思いをはせた後は各家庭に戻り、花を囲んで今度は我が家で慰霊祭を、という最後の挨拶に対し、会場から拍手がおこった。