JICA青年ボランティア リレーエッセイ=最前線から=連載(3)=中村茂生=バストス日系文化体育協=よさこい節の聞こえる町で

2005年7月16日(土)

 史料館所蔵の写真をデジタル化するための作業場を、サンパウロ市から北西に五百六十キロほど内陸に入った小さな田舎町にある、バストス日系体育文化協会の敷地内に用意してもらっている。そこで作業をしていると、隣にある会館から、たまに「土佐の高知の播磨屋橋で~♪」が聞こえてくる。
 この節がはじまると、私の耳の感覚は自動的に研ぎ澄まされ、意識は鳴子のかちゃかちゃいう音を探しにどこかへ行ってしまう。頭の中には高知のよさこい祭りの情景が浮かび、あの日本特有の、思考停止に陥りそうな蒸し暑い夏の皮膚感覚までがまざまざとよみがえってくる。
 日本にいた去年の今頃は名前もうろ憶えだった外国の小さな町に、今、自分がいて、そこの人たちのよさこい節と鳴子の音で、自分の生まれ育った町に一瞬連れ戻されるというのは不思議な経験だ。
 ブラジルのことは何も知らず、史料館の資料整理という職種にひかれてやってきて、ついうっかりここにいるようなものだが、こういうところに縁を感じ、大げさに言うと、ここには来たるべくして来たのだという気さえしてくる。そう思うと仕事にも気合が入る。
 史料館学芸員というのが私の職種だ。何ですかそれ、という質問がよく来る。まだ自分でもわからないところがあって答えを決めておけず、結局その都度考えることになる。めんどうになると、一年したらバストスに来てくださいなどと逃げ口上が口をついて出てしまうが、これはまるで空手形だと自分でわかっている。
 学芸員の仕事はさまざまだ。ここで私に課せられている資料整理という作業は、博物館のたな卸しみたいなものだから、一年たって訪ねてもらったところで、見違えるほど変わった展示や建物を披露できるわけでもない。一点一点「資料」をきちんと博物館の在庫目録に登録し、その価値を見極めて「史料」にするのが仕事だ。
 「史料」にするには、作業と並行した移民史研究がかかせない。続けていると、なんとなく眺めていた写真や古ぼけた書類が、あるときから俄然輝き出すということがあって、それは間違いなくこの仕事の大きな愉しみのひとつだと思っている。
 いずれにせよ、来館者から見える作業ではない。地味な作業だ。けれどこれをやらないと史料館は死んだようなものだ。命のないものを飾り立てるのは虚しい。
 この時期の夕暮れ時には、高知の町のあちこちから鳴子の音が聞こえるだろう。八月の本番に向けた稽古をはじめるからだ。高知のよさこいはもう始まっている。今年と来年、私はブラジルのよさこいを楽しむことにした。
  ◎     ◎
【職種】史料館学芸員
【出身地】高知県高知市
【年齢】40歳

 ◇JICA青年ボランティア リレーエッセイ◇

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