米国日系人収容所=「マンザナー」=日系人自身が舞台で掘り起こす=連載(下)=祖国から「敵」と呼ばれた=その驚きと絶望は―

2005年9月2日(金)

 観客の一人、鈴木多佳子さん(57、在米十五年)は「音楽とナレーションという、なかなか見る機会のない形態だったので楽しめた。日系人収容所のことは殆ど知らなかったので、ああいうかたちで表現されるとわかりやすかった。ただ、悲惨な印象は受けなかった」と感想を述べた。
 また、オクラホマ州出身のスコット・バクスターさん(52)も、「クラシック音楽の演奏会はいつもは眠くなるのだが、今日はそうではなかった。特に後半の音楽は説得力があってよかった」と高く評価した。
 作品全体について、ロスアンゼルスタイムス紙は、「音楽作品としての一貫性はないものの、説得力のある内容」と評した。
 当日会場が満席になったのは、「ケント・ナガノの知名度もさることながら、マンザナーをはじめ、全国にある日系人収容所の存在を、観客が重きものとして受け止めているから」としている。
 後日、公演が行われたことを知った在ロスアンゼルス日本人の中から、「(公演があることを)まったく知らなかった。知っていたら観に行ったのに」という声も聞こえた。
 ロスアンゼルスで発行されている日系の新聞やフリーマガジンなどには殆ど取り上げられることがなかったのである。むしろ、ローカルのクラシック専門FM局などで盛んに宣伝活動が行われていた。
 今もロスアンゼルスには、全米で最大の日系人社会がある。三世、四世になってくると、自らのルーツを日本におきながらも、祖国は、と問われれば、「ユナイテッド・ステイツ」と答える。
 ところがその祖国に、ある日突然「敵」と呼ばれ、塀の中に送り込まれたのである。その驚きと絶望はいかなるものだったか。
 世界各地で相変わらずテロが行われ、その都度、人々は隣人に対し疑心暗鬼になっている。「マンザナー」の公演は、過去のあやまちを思い起こさせ、もう一度自らの態度を省みるための一石を投じたと言えよう。
 舞台の最後は、名優マーチン・シーンの台詞で閉められた。「敵とは誰だ。敵を創ったのは誰だ。敵を創ったのは、私たちの中にある恐れだ」。おわり
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 前重明子(まえしげめいこ)六六年、広島生まれ。音楽家、オペラ演出家。ひろしま国際オペラスタジオ、ロングビーチオペラを経て、現在フリー。九五年に渡米。ロスアンゼルス地区唯一の二十四時間日本語放送局「TJS」のパーソナリティも務めている。