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コラム 樹海

 『文藝春秋』十月号に、ちょっと驚くような話が掲載された。残留日本兵だ。戦前に帰国した二世が徴兵され、日本兵としてビルマでインパール作戦に参加し生き残り、タイに渡って現地人と結婚して戦後六十年間を過ごしてきたという▼くだんの二世兵士、サンパウロ市出身の坂井勇さん(大正六年生まれ、二重国籍)は、一九四〇年に日本建国二千六百年祭をみに家族四人で東京へ。ブラジルで失敗しての帰国だった。その直後に父が死に、徴兵中に母と姉がブラジルにひきあげていた。「わずか一年しかいなかった日本に帰っても家族もいないし、家もないし、友達もおらん。なーんにもない・・・・・・。そう思ったら急に寂しくなった」▼インパール作戦では「弾にあたって死ぬより、マラリアやコレラで死ぬもんが多かった」という地獄をみた。終戦を知り、ビルマ人部落にかくまってもらい、タイに逃げのびて結婚した。この六十年をふりかえって「家族ができた。ちゃんとした生活が送れた。だから、帰らなかったことは後悔してない」と語っている▼この記事を書いた同誌記者は「帰らなかった」先を日本と理解しているようだが、じつはブラジルではなかったかと思った。坂井さんが生まれ育ち、母と姉がひきあげたのは当地だ。唯一の親族である彼女らと、この六十年間なんの音信も交わさなかったのではないか。もしかしたら「戦死した」という間違った情報が流れ、それで戻ってしまったのではないかなど、いろいろ憶測をよぶ。かくも移民の人生は一筋縄ではない。(深)

05/10/07

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