ブラジル雑語ノート――「和泉雅之・編」の〃順不同〃事典――=連載(4)=フェイジョアーダ=豆と肉を煮込んだ常食料理

2006年1月25日(水)

 今日のブラジルで、フェイジョアーダ (Feijoada) といえば、黒豆(インゲンのなかで黒色の品種)と塩漬け肉やケーシング(腸詰め)などを、いっしょに煮込んだ料理とされている。この料理は、かつて、「フェイジョアーダ・カリオカ」(リオ式のフェイジョアーダ)と呼ばれていた。フェイジョアーダといえば、これを指すことが多い。本来のフェイジョアーダは、もっとかんたんな料理。フェイジョン(インゲンであれば品種はどれでもよい)を煮るときに、肉を数切れ入れたものをいう。肉は、家畜でも野生動物でもよく、新鮮な肉でも、塩漬け肉でもよい。
 ヨーロッパでは、昔から、フェイジョン豆の消費量は少ないが、ポルトガルでは比較的多い。十五世紀後半に、アフリカ西海岸を植民地として領有してから、フェイジョンと肉の煮込みが、ポルトガル料理としてメニューに加えられた。フェイジョアーダまたはコゼドゥーラ・デ・フェイジョン、あるいはパネラーダと呼ばれる豆料理である。十六世紀にブラジルの開拓をはじめたポルトガル人は、フェイジョンに野生動物の肉を入れて、フェイジョアーダとした。これにマンジオカの粉を混ぜて食べる。これら三品(フェイジョン、獣肉、マンジオカの粉)が、開拓者の主食として定着した。
 このフェイジョアーダには、獣肉のほかに野菜(カボチャ、マシェシェ、タマネギ、ニンニク、コエンドロなど)も使う。具材がないときは、豆だけを煮てフェイジョアーダとした。十九世紀末に、リオの高級レストランが、この煮込み料理をアレンジ。フェイジョンとして黒豆(リオ市民の好物)を選び、肉として豚の端末(鼻先、耳、尾、足先)を使った。これを、フェイジョアーダ・カリオカと呼ぶ。本来のフェイジョアーダは、大きな鍋で、家族全員が食べる分を煮る。リオ式は小さな素焼きの鍋を使い、一人前だけを煮る。最初から一食分ずつわけて調理する点が特色。
 この料理が、リオからサン・パウロ市へ伝えられ、さらに、ほかの大都市へとひろまった。主として都市の上流および中流家庭で人気があった。しかし、農村生活者にとっては、常食であり、珍しいものではない。二十世紀半ばになると、中都市、小都市にもひろまり、その過程で具材がアレンジされた。ブタの端末だけでなく、ラード、塩漬け牛肉(または干し肉)を使用。さらに、豚の肋骨、ベーコン、ケーシングも加わり、バラエティに富んだ内容になっている。ただし、豚の鼻先と尾は、ゲテモノというイメージが強いため、姿を消した。レストランだけでなく、バールでも食べられるポピュラーなものとなり、ブラジル料理としての地位が確定。
 料理人によって具材や調理法が変わってきたため、フェイジョアーダの定義もむずかしい。今では、「黒豆と肉または加工肉をいっしょに煮たもの」という説明しかできない。それなら、本来のフェイジョアーダと同じこと。名称が、「フェイジョアーダ・カリオカ」から、たんに「フェイジョアーダ」となったのもうなずける。
 この料理について、「もともと黒人奴隷の食べ物だった」という誤解が、ひろくいきわたっている。流説の出所は不明。「肉は主人が食べ、すてるはずの端末を奴隷に与えた」とするのは、まったくの誤り。十八世紀までのブラジルで、豚肉といえば、特別なときにだけ使う「ごちそう」だった。大農園で豚を飼育しても、病人食(栄養価の高い食事)として利用したにすぎない。ふだんは食べることができないので、屠殺するときはすべてを利用した。豚の肉料理は病人にあたえ、残った端末をフェイジョンとともに煮込む。それは、大農園主と家族だけが味わう特別料理。奴隷に払い下げる部分は、ひとつもなかったから、「奴隷の食べ物」とするのはマチガイ。【文=和泉雅之】

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