ブラジル雑語ノート――「和泉雅之・編」の”順不同”事典――=連載(10)=カルナヴァル=古代からつづく庶民の狂騒

2006年2月16日(木)

 カルナヴァル (Carnaval) は、日本語で謝肉祭と訳したり、英語の発音をカタカナ表記しカーニバルと呼んでいる。その起源は不明だが、紀元前からあった伝統的な祭りのひとつ。ある期間を設定し、底抜けのバカ騒ぎをする。語源については、いくつかの異説がありはっきりしない。ラテン語での、カルネン・レヴァーレ (Carnem levare) に由来する説が有力。「獣肉を断つ」または「肉よさらば ! 」という意味。それが変形され、十五世紀ころにカルナヴァル (Carnaval) となった。
 フェスティヴァルについては、紀元前六世紀の文献に記載されており、古代ギリシャで、春のはじまりを祝う祭りとして催された。飾りつけをした船を海上にならべ、あるいは、舟形に飾った荷車を連ねて、街路を練り歩く。それが古代ローマへ伝わり、同じような祭りが定着した。祭りのあとで、獣肉の節制をおこなうが、肉食をいつまで禁じるのか、期限は不明。宗教とはまったく関係のない、どんちゃん騒ぎだったからである。
 キリスト教と結びついたのは、六世紀のこと。ローマカトリックの教皇グレゴリウス一世が、クワレズマ(四旬節、レント)に入る直前の日曜日に対し、「肉食を禁じる前の日曜日」 (Dominica ad Carnes Levandas) と名づけた。これによって、カーニバルの終了期限が確定。乱痴気騒ぎは、「日曜日をもって終了する」というルールができ、数世紀にわたりつづいた。中世になると、各時代の法王によって、フェスティヴァルの期間は変わる。十二世紀ころ、ヨーロッパのあちこちで、「灰の水曜日夜明け前に終了」という不文律が、ほぼ守られていた。
 古代のカーニバルは、新年(元旦またはクリスマス直後)にはじまり、春の初め(春分の日)に終わることが多かった。ローマ法王が関与し、あれこれ指示を出したことから、十四世紀ころには、年末年始のバカ騒ぎがすたれ、カーニバルは「四旬節前の数日間だけ」という習慣ができあがった。多くの国で、灰の水曜日にいたる直前の「三日間だけ」を、フェスティヴァル期間としている。しかし、宗教とは関係ないため、スペイン、フランス、ドイツなどには、このルールを守らない地方もいくつかある。
 だが、カーニバルとは、キリスト教で肉食を禁じている四旬節をいうのか、それに先立つ祭の狂騒期間をいうのか、はっきりしない。語源からいうと前者のはずだが、一般には後者の意味に解釈されている。つまり、はめをはずして騒ぐ日々がカーニバル。ただし、ブラジルでは、五十年ほど前から肉の節制習慣がくずれ、今は四旬節になっても、ほとんど守られていない。
 カーニバルの仮装行列は、古代ギリシャ・ローマ時代の山車が変化したもの。舟形の飾りにこだわらず、さまざまな工夫が加えられ、時代とともに変化。十八世紀の行列は、着飾った女性を荷馬車に乗せ、愛嬌をふりまきながら街路を練り歩く。劇場や社交クラブでは、カーニバル期間中に舞踏会が催され、習慣として定着。十九世紀後半には、大衆が街路で踊り狂うようになった。カーニバルの舞踏が大衆化するにつれ、サンバ(アフリカのバントゥー族が愛好する舞曲)を基調とする、カーニバル曲も生まれた。
 二十世紀前半は、街路カーニバルの全盛時代といってよい。しかし、一九七〇年代をつうじて、交通問題を理由に、各市条例により廃止された。同時に、悪ふざけ(通行人に水やタルクなどを投げて衣服を汚す悪行)も禁止。今日のプログラムは、サンバ学校の競演と、社交クラブにおけるダンスだけ。その内容もどんどん変わってきた。カーニバルという名は同じでも、十九世紀とくらべて、まったく別のフェスティバルになっている。【文=和泉雅之】

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