大耳小耳

2006年8月2日付け

 七六年の県費留学生研修生の同期会では、三十年前の写真をみんなで見入る姿があちこちで見られた。生まれて初めてのスキー場で撮った記念写真には、在りし日の青春の思い出が詰まっている。「こりゃ誰だ?」。哀しいかな、今では虫メガネを近づけて覗きこまないと写真に焦点が合わない。すでに孫が二人いる同期生もいるので無理もない。「あの時に足を骨折したんだ。ひどい目にあった」と言いながらも笑顔が絶えない。「次の四十周年は何人集まれるかな」との言葉はちょっと寂しく響いた。
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 今年一月にリベルダーデで行われた中国系コミュニティの春節(旧正月)行事では大阪橋上に屋台が並び、人出で埋まった。〃これに負けじと〃であったかどうかは分からないが、七夕祭りでも橋の上に十数軒の屋台が出店してにぎわった。ところが、中国料理の屋台がならんだ春節イベントとは異なり、こちらはやはりヤキソバ中心。〃売れ筋〃なのは分かるが、せっかく県連日本祭りが注目を集めたばかりの昨今。もう少し「食」にも工夫がほしかった。
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 ニューヨーク沖縄県人会会長に定子・与那覇・トゥーシーさん(65)が、このほど二度目の就任。六四年、故夫のトゥーシーさんと渡米した。夫死去後、働きながら三人の子を育て、大学に入学しソーシャル・ワーカーの修士号を取得したカウンセラーだ。ブラジルの県人会で二世の女性会長はすでに何人かいるが、一世はいない。移民妻は〃支え役〃として輝いていたということか。もう相当に高齢化、会長は出ないかも。