「闇に葬り去られぬよう」=帰伯逃亡デカセギ問題=引渡し条約署名66万人に=静岡市で最後の街頭署名=今後も日系社会の協力を
2006年9月9日付け
【静岡発】「この署名運動は、外国人排斥するためのものじゃない。仲良くやっていくために関係改善していきましょうというもの」。二日午前十一時から、静岡県静岡市の市役所となりの青葉公園で、日伯の外国人犯罪人引渡し条約締結と代理処罰制度確立をもとめる最後の署名活動が行われ、中心メンバーの山岡宏明さん(43)=同県湖西市在住=は、ニッケイ新聞の取材に対し、そう強調した。わずか半年で、十万人の予想を大きく上回る約六十六万人が賛同の署名をした。街頭署名は今回が最後だが、今月いっぱい郵送の署名を受付け、十月には再び外務省に提出し、新内閣に要望を伝える意向だ。
外国人労働者なくして日本の産業はなりたたない現在、どうやって共生していくのか――。昨年末の統計で、八十六人のブラジル国籍容疑者が国外逃亡した。静岡だけの地域的な問題ではない。
殺人事件や死亡事故の容疑者もいる帰伯逃亡デカセギ問題は、外国人との共生を考える上で、最も先鋭的な問題を提起しているため注目が集まりつつある。
ブラジル人犯罪多発を愁う日本国内の世論、一般日本人が持つブラジル人へのイメージの悪さなどを背景に、とてつもない署名数に膨れ上がった。大半は日本人だが、在伯静岡県人会などの協力により、非日系ブラジル人の署名も集まった。
活動の中心になってきたのは、昨年十月に起きた交通事故で二歳の愛娘理子ちゃんを失った山岡宏明・理恵(40)夫妻=湖西市=、翌十一月に浜松市内でレストラン経営者の夫を絞殺された三上利江子さん(52)=浜松市=、平成十一年(一九九九年)に高校生の一人娘をひき逃げされた落合敏雄さん(59)=同市=らだ。
共通するのは、いずれの事件も容疑者は日系ブラジル人で、帰伯逃亡して現在もブラジル内で生活していると推測される点だ。日本から指名手配されても、国際法の壁に阻まれて司直の手が届くことはない。
時効を考えれば、早急になんらかの手を打つ必要がある課題だ。
落合さんの件は来年七月で時効が成立する。現在、県警が必要書類のポ語翻訳を進めており、ブラジル国内で刑事裁判に訴えることも視野に入っている。「闇に葬り去られることがないよう、それまでに逮捕してほしい」と強く念じている。
ひき逃げ事件のヒガキ・ミウトン・ノボル容疑者は現在、サンパウロ市在住とみられ、帰伯後に結婚して子どもも生まれたという。先日、日本のテレビ局取材班に対して「自分ではない」と否定した。落合さんは「罪の意識がない」と憤る。「ブラジルの日系社会も今後も協力していほしい」。
山岡宏明さんは「日本へ連れてきて罰するというより、ただ一言謝ってほしい」という気持ちが強い。署名を呼びかけるだけで額からは、ダラダラと汗が流れる真夏日だ。
「これは排斥運動じゃない。逆に、ブラジル人への差別も起こっている。日本人もその辺、直していかなくては」と冷静な判断を口にする。「一部のブラジル人の行いで、全体の印象を悪くしている」。
日本の新聞にブラジル人犯罪の記事がない日が珍しいぐらいの現状を反映して、「ブラジル人は怖い」というイメージすら一般に広まりつつある。
山岡理恵さんも運動を始めた最初は躊躇したというが、半年関わるうちに徐々に気持ちが変わってきた。「(直接関係ないのに)謝ってきてくれたブラジル人もいた。どこの国の人も人間として同じだと思った。両方の歩み寄りが必要」と実感している。
その一方、日系人容疑者らはブラジルで「逃げ得」生活を謳歌している。
伯日比較法学会(渡部和夫理事長)など代理処罰を容易にする司法共助協定の試案が練られている。いずれ両国の国会に図られる日がくるだろう。この協定により「ブラジルに逃亡しても無駄」という法整備が行われることで抑止力となることが期待されている。
犯罪人引渡しを求める六十六万人の声は、日系社会にも関係している。イメージを悪くしているのは、在日ブラジル人だけではない。デカセギが起こした不始末の処理にどう関わっていくのか――移民百周年を目前に、大きな課題が横たわっている。