「百周年機に良い共生関係を」=国外犯処罰=上田連邦高裁判事が意見=民法、社会保障でも協定を=ブラジル政府の意向代弁

2007年3月14日付け

 「今こそ、交渉のテーブルに着くべき好機だ」。連邦高等裁判所の判事に昨年五月、日系では初めて任命された上田雅三氏(三世、64)は、そう何度も強調した。先月末、日本国外務省の招聘で訪日していた同氏は、日本でマスコミの取材を受けるなど、日本側での国外犯処罰(代理処罰)に関する関心の高まりを肌身で感じた。十六日、ニッケイ新聞の取材に対し、この機会に刑法の司法共助協定だけでなく、民法や社会保障なども同時にテーブルにのせるべきと述べブラジル政府側の意見を代弁し、「来年の移民百周年は、二つの文化が共生していけるバランスのよい着地点を模索するべきだ」との考えを示した。
 「私は外交官ではなく一般市民として、両国により良い関係になってほしい」との立場をまず説明した。
 静岡県でひき逃げ死亡事故を起こして帰伯逃亡した桧垣ミウトン被告の場合、日本なら禁固刑もありえるが、ブラジルでは社会奉仕で済んでしまうなど刑量の違いが指摘されている。
 この問題に関して、「各国の刑法は主権に基づいて制定されたもの」と尊重することをうながした。「それに逆のケース(ブラジルで日本人が罪を犯して帰国)の場合もある」とし、そのケースでは、ブラジルは日本の判決を尊重するだろうとの態度を暗示。「大事なのは不処罰を許さないという態度を共有することではないか」と述べた。
 むしろ事故の発生が九九年で、「起訴に必要な書類がブラジルに送られてくるまでに七年もかかった」ことを重要視した。
 日伯の犯罪者引渡し協定締結や司法共助協定に関して七十万人もの署名が集まったことは、「まったく正しい。これを始めた家族の考えは実に正当だ。もっと早く国外犯処罰が始められていたら、そんなに集まらなかっただろう」と述べた。
 ただし、両国のマスコミ論調に対し、「判決も出ていない段階で〃逃亡者〃などと犯罪者扱いする表現は適当でない」などと専門家らしく釘を刺し、日伯の犯罪者観の違いにも言及した。
 加えて「罪と国籍は関係ない。罪はあくまで個人に帰せられるべきであり、必要以上に国籍を強調することはいかがか」と語った。
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 日本側が刑法の司法共助協定を単独で進めようとしているのに対し、ブラジル側は民事と社会保障を抱き合わせにする意向を持っている。この点で、上田裁判官はブラジル側の意向を代弁した。
 ブラジルに残されたデカセギ留守家族への送金などが途絶えた場合、在日の夫などを相手取って仕送り義務怠慢を訴える民事訴訟が多くブラジル内で起こされている。
 カルタ・ロガトーリア(司法送達)で日本側に判決が送られても、被告の夫などが転居届を出していない場合、本人に届かないことも多い。ブラジル政府は、このような民事判決の日本での〃執行〃を望んでいる。
 刑法の国外犯処罰では、日本から送られた警察の調査書類をもとに、ブラジルの裁判所で判決が下されるので、ブラジル側が刑を執行することに矛盾はない。
 だが民法問題に関して、主権の観点から異なる状況になっている。つまり、ブラジル政府の判決を日本政府が執行する義務はない(逆も可)。むしろ、一九七五年にニューヨークで締結された民事司法送達に関する国際条約に、ブラジルが加盟すれば解決されるはずとの意見もあり、十分な議論が必要な案件のようだ。
 さらにブラジルで払っていた年金を日本で継続積算する(その逆も)件が、社会保障だ。「お互いの年金制度を精査し、すり合わせるには相当の時間がかかる」(日本国外務省筋)との意見もある。
 上田判事は「一人のブラジル人のために、他のまじめに働く同胞までが恥ずかしい思いをするような状況は適当ではない」と日本の現状を愁い、「今の関心の高まりを持ってすれば、〇八年にまとめて協定を結ぶことは可能ではないか」との希望を語った。
 上田氏は二月十九日から二十五日まで、両国の関係強化を図るために外務省が実施しているプログラムで訪日した。野村アウレリオサンパウロ市議、山川マウリシオ市長(パラナ州パラナバイ市)が同行した。その後、上田氏は四日間ほど個人的に旅行し、帰伯した。