「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第2部□2世世代の特殊性(7)=2世が理系進学する理由=社会上昇戦略の裏には

ニッケイ新聞 2008年4月1日付け

 「となりの机にジャポネースが座っているのに気付いたとたん、私は試験を続けるのを諦め、泣きながら会場から去りました」。昨年十二月一日付け、サンパウロ州バウルーの地方紙ボンジアには、大学入試シーズンにちなんで、そのような体験談エッセーが掲載された。
 十九歳のそのブラジル人女性受験生は数学テストの時、最初こそ順調に解答をしていたが、途中でふと隣に座っているのが、ジャポネースだと気付いたという。「何をあんなにたくさん計算しているのかしら」と思った瞬間、「私の方が間違っているの? ジャポネースはもっと頭がいいの」との不安が押しよせ、耐えきれなくなって会場から立ち去ったとの告白だった。
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 このように「日系人は秀才」とのイメージは津々浦々まで知れ渡っており、数学などの理系分野において特にその印象が強い。
 日系子弟の大学進学熱は、一九五六年に刊行された『コロニア戦後十年史』(パウリスタ新聞)にもすでに記述がある。
 戦前、大正小学校で教師をしていた二木秀人さんによる「飛躍する日系学徒」という一文によれば、三四年にサンパウロ市で勉強する中学以上の日系学徒は、わずか百数十人しかいなかった。
 地方の植民地で儲けて錦衣帰〃国〃しようと考える両親が大半だった戦前は、子弟をブラジル学校に進学させようとするものが少なかった。主に永住志向の強い人たちだった。
 敗戦で帰るところを失った戦後邦人社会には「腰の落ち着き」が出てきたと二木さんは分析する。長男や次男のがんばりによって経済的な基盤ができ、三男以降を上級学校へ進学させる動きがでてきた。
 五六年にサンパウロ市で学ぶ中学以上の日系学徒を「一万人近い」とし、戦後わずか十年で急激にこの傾向が進んだことを強調する。
 二木分析の興味深い点は、大学生の学科の変遷だ。戦前戦中のUSP学生中、圧倒的に多かったのは法科だった。戦前移民がいかに土地や契約書などの法律問題に苦しんでいたかが推測される。その次には、植民地で病魔に苦しむ移民が多かったせいか医科、続いて工科と順々に増えていったと指摘する。
 五〇年代に入ると「歯科、薬学科、経済科に進むものが目立って多い」という。当時、歯科、薬学科の修学年数は三年間で、他科に比べて手っ取り早く独立して収入につながり、なおかつ安定した生活の送れる収入につながった。
 さらに経済科は「一番アルバイトのできる科」だといい、昼間は銀行などで会社勤めしながら夜学ができるから、親に経済的な負担をかけずに勉強できるので選ばれたという。
 大学進学において経済的な理由が最も大きかったことは論を待たない。
 その二十四年後、『ブラジル日本移民七十年史』(同編纂委員会、八〇年、百二十八頁)には、七八年度のサンパウロ州FUVEST(州立大学入学統一試験)の結果を、サンパウロ人文科学研究所が調査したデータがのせられている。
 全合格者中、日系人は一四%で、工学系が最も多く一六・四%、続いて生物学系一三・五%と理系が多く、人文系は五・七%に過ぎなかった。
 二木分析の五十二年後の今日に至るまで、このような傾向は多かれ少なかれ続いている。裁判官、判事、医者、技師などの分野で傑出した国家的人材が次々に生まれている反面、文学や社会学などの分野では、今もって逸材は少ないといわざるを得ない。
 人材というのは、社会から望まれて輩出されるものなのかもしれない。
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 『戦後十年史』の時の大学生は戦前移民の二世、『七十年史』の時はその子供である三世。最近の学生は四世か戦後移民の子供である二世のようだ。
 経済的な理由だけであれば、二世代後、五十年間も理系が優先する傾向は続かなかったかもしれない。
 バイリンガルの観点からすれば、連載第三回で説明したとおり、二世は家庭内では日本語で過ごすので、一般学生に比べてポ語の語彙にくわえて、ブラジルの歴史や社会に関する素養が少ない傾向がある。そのため、高校以降の授業において文学や歴史などの人文学系の教科が苦手になりがちで、理系教科を選ぶ傾向が生まれたとも考えられる。
 また、現在の学生の親やおじいちゃんの世代である二世に理系出身者が多かったことが、子孫をして理系に進ませる思考パターンをつくった部分もあるのかもしれない。もっとも、最初にそれを願ったのは一世であり、二世らはその通りに誠実に育ったともいえる。
(つづく、深沢正雪記者)

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