「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第2部□2世世代の特殊性(15)=継承と統合ともに必要=コロニアの両輪の役割

ニッケイ新聞 2008年4月12日付け

 「コロニア」は、日本語を日常言語とする日本移民が中心になり、日本語や日本文化、日本的気質を持つ同士が親睦、相互扶助をするために生まれた。これは一種のコムニダーデであり、一般ブラジル社会からすると否応なく特殊な存在だ。
 逆にエリートという存在は、その国の中枢を担う人材であり、本質的に愛国的であることを基本条件として求められる。もちろん、二世以降はブラジル国籍者であり、ブラジルに忠誠を示すのは当然だ。
 しかし、コムニダーデの本質が特殊性にある以上、その後継者は、できるだけその特殊性を継いでいることが望ましい。つまり、日本的なメンタリティとかバイリンガルなどの特性だ。
 社会階層を駆け上がった成功者ほど適応性に富んでおり、結果的に、コムニダーデのリーダーの資質としては相容れない部分がでてくる。
 日系団体を運営するためには、自腹で動きまわったり、地道に近隣日系団体との付き合いをこなしたり、営利的でない、効率的でない活動を日々こなす必要がでてくる。
 大学にも行かずに、こつこつと先代からの家業を継ぎ、親の面倒を見ながら、日系団体の仕事を続けてきたような地味な二世の方が、そのような特殊性を理解し、体現した運営をしてくれる傾向にあるようだ。そのような生活を子供のころから送り、自然に身につけている若者は、コロニアにとって貴重な存在だ。
 理想的な日系団体執行部の後継者とは、青年部から初めて平理事、副会長、会長と叩き上げてきたような二世、三世こそが適任なのかもしれない。
 高学歴で一般社会のエリートにまでなったインテリは、評議員会や高等審議会のように、理事会の上部にある諮問機関に属してもらい、「ブラジル社会全体を見渡した見解を必要に応じて垂れる」方が適当かもしれない。
 コロニアの役割は、日本文化を継承する核になることだ。日本文化の良き点、特性を残したまま「統合」し、結果的にブラジル文化を豊かにする、という視点が重要だろう。
 継承文化を残さない場合は、ただの「同化」だ。放っておいても、コロニア周辺部の日系社会ではどんどん同化していく。
 日本自体に、外国における文化継承戦略などなかったし、今も存在しない。日本移民自体もそのようなこと考える余裕はなかった。移民は〃食うこと〃がまず大切なのであって、文化継承戦略を考えることは二の次だった。
 今のコロニアにとって最優先されるべきは、エリートを育てることではない。コムニダーデの究極の目的は、文化継承の核となる日系団体を存続させてくれる人材を育てることだ。
 そこに用意されるバイリンガル環境からは、結果的に、成績優秀な子孫が育ち、エリートが輩出されていくだろう。そう考えた方が、継続してブラジルという国家に貢献できる。
 エリート二世たちの役割は重要だ。エリート層の厚みがあるほど、「日系社会はブラジル社会に統合された」という言説が説得力を持つ。体を張ってそれを実行してくれるおかげで、実際のコロニア自体が少々特殊であったとしても、ブラジル社会からゆるされる余裕が生まれる。
 だが、特殊性ゆえのコロニアの存在意義を理解しないまま、彼らなりによかれと思って組織などを作り替え、特殊性をなくし、伝統的な日系団体との付き合いを変えることは、バイリンガルな人材を生み出してきたコロニアの伝統的インフラを解体することに他ならない。
 現在、県人会や老人クラブ、各地の文協婦人部などを支えている層が、五年~十年で大きく入れ替わる可能性がある。この過渡期に、コロニアの特殊性を見誤ると「統合」ではなく、単なる「同化」になってしまう恐れがある。
 移住という行為には、一世が中心になった「祖国文化の継承」と、後継世代による「移住先社会への統合」という二つの方向性がうまれ、常に相克する。
 一世から始まる「文化継承」を二世、三世になっても続けるには、敢えて特殊性を残したコロニアを存続させるしかない。一般社会に完全に開かれたコロニアは、あっという間に特殊性を失い、存在価値がなくなり、二度と再生されないだろう。
 特殊性を残して統合するには、両方のバランスが何よりも大事だ。二つの方向性はコロニアの両輪ともいえるものであり、その相克する過程こそが「百年がかりの実験」に他ならない。(つづく、深沢正雪記者)

「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第1部□日系社会の場合(1)

「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第1部□日系社会の場合(2)=「三つ子の魂、百までも」=幼少移住の方が訛り少ない

「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第1部□日系社会の場合(3)=言語習得の2段階とは=「日本人らしさ」の原因

「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第1部□日系社会の場合(4)=日系学校が果たした役割=戦前は日本人教育だった

「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第1部□日系社会の場合(5)=移住地は最高の2言語環境=言語伝承のメカニズムとは

「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第1部□日系社会の場合(6)=コロニアが日系社会の核=日本語文化圏の誕生

「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第2部□2世世代の特殊性(7)=2世が理系進学する理由=社会上昇戦略の裏には

「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第2部□2世世代の特殊性(8)=セミリンガルの罠(わな)=アイデンティティの危機

「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第2部□2世世代の特殊性(9)=「日本で生まれたブラジル人」=上原幸啓さんの場合

「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第2部□2世世代の特殊性(10)=「通じたのに理解されない」=伝わらないニュアンス

「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第2部□2世世代の特殊性(11)=言語と共に態度も変わる=「魂を取り替えるに等しい」

「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第2部□2世世代の特殊性(12)=戦争とアイデンティティ=エリートになるハードル

「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第2部□2世世代の特殊性(13)=「コロニアは存在しない」=統合を強調する2世たち

「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第2部□2世世代の特殊性(14)=どんな日系人特性が残るか=意外と伝統的な継承文化