橋本梧郎氏

ニッケイ新聞 2008年8月28日付け

 サンパウロ博物研究会(通称・博研)の創立者で顧問の植物学者、橋本梧郎さんが二十六日午後十一時半、多臓器不全のため入院先の日伯友好病院で亡くなった。九十五歳。
 心臓や腎臓の持病があったが急に容態が悪くなり、十二日からUTIに入っていた。
 静岡県小笠郡(現菊川市)出身で一九三四年、「モンテビデオ丸」で移住、サンパウロ市郊外にあるエメボイ農業学校を卒業する。
 モジ市の日本語学校で校長、三八年「栗原自然科学研究所」生物学部長、五〇年に「博物研究会」を設立する。
 五四年にパラナ州グァイラ市の農事試験農場長として活躍するかたわら、日系人による初の博物館「セッテ・ケーダス博物館」を同地に創設、館長に就任。
 パラナ州農務省で勤務ののち、七七年、同州ローランジャ市にある「パラナ開拓農業博物館」の資料収集、初代館長となる。
 サンパウロ市イタケーラ区の博研本部に八四年、主に植物標本を展示した「博物記念標本館」を設立、館長を務めていた。九〇年に勲五等双光旭日章。『ブラジル産薬用植物事典』『ブラジル植物記』など著書多数。
 博研の会員で三十年来のつきあいだった沖真一さんは、「研究熱心でいつも書き物や調査をしていた。かつてはブラジルの学者らと丁々発止の議論をしていた」と話し、「私自身も色々教えてもらった。コロニアにとって貴重な存在だった」とその死を悼んでいた。
 葬儀は博研で二十七日に執り行われ、午後三時に出棺、イタケーラ区のカルモ墓地に埋葬された。
 初七日は九月一日午後四時から、博研本部(Rua Jaime Ribeiro Wright, 618 ? Itaquera、電話=11・2522・8299)で営まれる。