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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2008年8月29日付け

 第百三十九回芥川賞に楊逸(ヤン・イー)さんの「時が滲む朝」が選ばれた。外国語を母語とする作家の受賞は初。全く日本語を知らずに日本に行ったのが二十二歳というから、驚愕に値する▼大きなニュースにもなったし、真二つに割れた選考委員らは、小説と文章の根源的な議論を戦わせた、という。逆に、外国で日本人が言葉を紡いできたことは議論どころか、知られてもいない▼文芸誌『すばる』(集英社)が日系文学に関する特集を組み、松井太郎さんの短編小説「遠い声」を掲載した。ブラジル日系文学会の梅崎嘉明さんは「コロニアの中で完結していたものが日本で注目されたのは画期的」と話す▼オール讀物新人賞を受賞した醍醐麻沙夫さんがいるじゃないかーとの声も聞こえてこよう。多彩な作品のなかでコロニアに関するものも多く、自身も移民だが、日本側でコロニア文学の作家というジャンル分けはもちろんされていない▼このたび、サンパウロ人文科学研究所は「ブラジル日系コロニア文芸」(下巻)を刊行した。コロニア文学の百年を評論した安良田済氏の力作だ。俳句と短歌をまとめた上巻とともに、移民の心の襞が露になっている▼「シネマ屋ブラジルをいく」の著作で知られる細川周平さんもまた「故郷は遠きにありてつくるもの」(みすず書房)いう本をまとめた。俳句、短歌を分析しながら、情で移民を理解しようとする試論だ▼当事者しか関係のなかったミクロの世界が日伯双方からつまびらかにされていくことに、百周年の意義があるように思う。そしていつかデカセギ子弟から作家が生まれる日もくるのかも知れない。 (剛)

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