コラム 樹海

ニッケイ新聞 2008年10月10日付け

 「世界が白い闇に覆われていく」。ポルトガル人でノーベル文学賞作家ジョゼ・サラマーゴの原作を、メイレーレス監督が映画化した『Ensaio sobre a cegueira(邦題ブラインドネス)』を見た。現在の世界情勢を寓話的に表現した示唆的な映画だと深く感じ入った▼突然、視界が真っ白になって目が見えなくなるウイルスが蔓延し、政府は患者を隔離するが、特別病棟内は無政府状態に。目が見えなくても権力が生まれ、金欲、強姦など実社会と同じことが起きる。唯一、目が見える女性主人公が目撃したのは恐ろしく不条理な世界だった▼現代の英知が結集されたハイテク金融システムが瓦解していくかのような今の金融危機の姿は、「ブラックマンデー」という暗い闇のイメージではなく、ネットやテレビで衆人環視の中で起きる〃白い闇〃という表現の方がふさわしい▼多くの専門家は米国金融の破綻が遠からず起きると予測していた意味で〃見えていた〃が、このタイミングだとは誰も思わなかった意味で、見えていなかった。大量の情報がありすぎて、逆に真実がみえなかった▼米国で同映画を公開したとき、全米盲人協会が「盲人のイメージを悪化させる」として抗議したのに対し、サラマーゴは「愚か者は目が見える、見えないを問わない」と皮肉ったコメントで応えた▼実は、同映画の後半部分のロケ地がサンパウロ市セントロだった。普段見慣れた光景だけに、現実と虚構が入り混じる奇妙な感覚に襲われた。ポ伯の鬼才が競作したラテン特有の不条理感をとことんまで味わったあと外に出ると、まるで映画が終わっていない錯覚におそわれた。(深)