日伯論談=第3回=ブラジル発=中川郷子=帰伯する子供たち=日伯で教育機関から疎外される現実

2009年5月16日付け

 帰伯する子供たちが問題なくサンパウロ州の公立学校に復帰できるよう、「カエル・プロジェクト」を通して手助けしてきた。これはサンパウロ州教育局との共同プロジェクトであり、ブラジル三井物産基金の後援を受けている。
 もっとも緊急の問題は言語だ。これらの子供たちは一見、二カ国語堪能に見えるが、実際には困難を抱えている。二カ国語のどちらも年齢相応の学力が伴っていないという単純な原因から、授業内容が高度になると理解するのが難しくなる。
 このように、情報の単なる暗記や繰り返し以上の内容を求めるとき、例えば物事の抽象化を要するような複雑な推論を求めるとき、子供に認識能力がないことが明らかになる。それは、帰伯後、長い時間たった子供にも見受けられる。
 もう一つの問題点は、日本の学校の教育課程にある。日本の学校に通っていた子供たち、特に小中学校で授業を受けていた子供の多くは、大部分の時間を国際学級(外国人クラス)で過ごす。
 そして、授業内容の理解度を問われることなく自動的に昇級する。子供は日本の学校で、個人の能力と関係なく、単に年齢に見合ったクラスに入れられている。
 そのような状況の中で、子供の学習状況を正しく評価することなく日本の学校から発行される履修証明書が、ブラジル側の学校に渡された時、学力に対する誤解を起こす原因になっている。
 つまり、ある学年まで日本で修了したと証明する書類を持ってくる子供は、実際の学力に関係なくブラジルでは、証明書で示される通り次の学年に編入する。その結果、帰ってきても授業内容を理解できない。
 このような対処療法は、日本への移住現象の最初からあった。この〃爆弾〃はいつか爆発するはずであり、ブラジルの次世代を脅かすものだ。
 そこへ経済危機が降りかかった。帰伯を考えていなかった在日ブラジル人は、どうすることもできない不安定な状況に追い込まれた。日本政府はこの機会を見逃さなかった。早くも「さよなら」(暗に「二度と戻ってくるな」と示す)を告げる〃支援の手〃を差し伸べた。
 帰伯した彼らに感傷に浸る余裕はなく、ポ語の学習、再就職や住居の準備などの猶予期間もない。特に子供にとっては、全くポ語を話さない子供が学年の途中で戻ってきてしまう異常な状況が起きた。
 「カエル・プロジェクト」において、最初から留意したのは「学校側の受け入れ拒否」に関するものであった。
 具体的には、子供がブラジルへ戻ってきてもクラスには空きがないという問題だ。というのも、その年の履修登録は前年の十月に終わってしまっているからだ。
 本来は、全ての子供が学校へ通う権利を持ち、それは児童青少年憲法(ECA)で保証されているはずだ。
 しかし、学校の事務局へ行くと応対する事務職員は子供の権利、憲法など気にもとめない。職員は、ただ「空きがない」と応えるだけだ。
 多くの親はまだ、子供を入学させるのに強く訴える必要があることすら知らない。
 この入学許可(修学登録)が行われれば、子供はどこかの学校に空きが出るのを待つことが出来る。しかし、住んでいる場所が遠ければ、親は教育機関と連絡をとろうとはしない。また、長い時間空きを待ち、新学年が始まっても学校に通うことが出来ず家に引きこもっている子供もいる。このような子供は、政治家の目にはとまらないのが現状だ。
 最近、確かな筋から、日本できちんと栄養バランスのとれた食生活をしていないブラジル人の子供についての話を聞いた。経済危機とは関係なく、子供たちはこれ以上待てない状態にある。
 彼らが正しい成長をするためには「適切な時期」に身体的、精神的、知識面で育つ必要がある。ある一定の年齢までにたんぱく質、栄養分を摂取しなかった子供は取り返しのつかない結果に苦しむことになると言う。
 知識面・感情面での「栄養分」の不足も取り返しのつかない深刻な損害を引き起こすだろう。不幸にも、このような子供は大人から十分な注意を向けられずにいる。
 以前、日本でブラジル人児童生徒について調査した時、ほとんどが一度は公立校に通おうとしたが、様々な原因から上手くいかず、ブラジル人学校を選択するか、またはどの学校へも行かなかったということを知った。
 経済危機だからといって、彼らが日本の学校へ入れるとは考えにくい。何度も言ってきたことだが、子供が学校に通うことをあきらめるとき、避ける手段もなく彼らは「学校の中で」(いじめ)、また「学校側から」(除籍)追放される。まず校内で仲間はずれにされ、後に学校から退学を余儀なくされる。
 偏見は法律では変わらない。意識向上運動や人々の姿勢の変化によって変えられるものだ。
 そして、子供たちを単に学校の中に「放って置く」のではなく、直接生徒を指導する教師らが前向きな姿勢を示すことで、生徒の受け入れ態勢を現実的に整えていける。これから一体どうなるのか。未だに生徒を受け入れない流れは続いている。

中川郷子

心理科医サンパウロ・カトリック大学(PUC―SP)修士号・博士号。「かえるプロジェクト」コーディネーター