旧神戸移住センター=井上さん77年ぶりの再訪=「移住者の涙と汗知ってほしい」

ニッケイ新聞 2009年6月4日付け

 【神戸新聞】「旧神戸移住センター」(神戸市中央区山本通3)を改築した「神戸市立海外移住と文化の交流センター」の開設記念式典があった三日、移住者らが駆け付け、ブラジルなど中南米に船出したころを懐かしんだ。
 「当時のつらかったことを思い出す」
 同区熊内町一の井上克さん(89)は涙を流しながら、センター玄関の円柱を触った。七十七年前、期待に胸をふくらませてやって来た時も、「立派な建物だなあ」と触った円柱だ。
 岡山県出身で、一九三二(昭和七)年、姉の家族ら六人が移住することになり、「ブラジルに行ってみたい」と決意。十三歳だった。
 センターに約一週間滞在し、移民船で五十六日かけてブラジルに渡った。しかし、たどり着いたのは荒れ地。義兄は移住のための借金を抱えており、生活は困窮の極みだった。「毎日泣きながら、かまぼこを作って売り歩いた」と振り返る。
 その後、綿の栽培で成功。一九四六年ごろからは雑貨店を営んでいたが、一九五六年、「母が元気なうちにもう一度会いたい」と帰国した。貿易の仕事をしようと神戸に移り住み、建築会社を営んだ。
 懐かしそうにセンターを見学した井上さん。「一人でも多くの人が訪れ、移住者たちの流した涙や汗、苦労を知ってほしい」と話した。
 また、サンパウロから駆け付けたブラジル兵庫県人会の尾西貞夫会長(66)は「センターが、日本にいるブラジル人の交流の場になればうれしい」と期待を寄せた。(河尻 悟)