寄稿=リオ=グランドスラム柔道観戦記=(下)=柔道家=石井千秋

ニッケイ新聞 2009年7月14日付け

 期待されたブラジル勢の六十五キロ級のジョアン・デルリは五位、チアーゴ・カミーロは三位、百キロ級のルシアーノ・コレアも決勝でオランダのバンジェストに手の内を読まれ、完敗したのは残念だった。
 ブラジルの女子陣は、北京オリンピックの銅メダリストで期待のキャサリンがケガで出場できず、その分、ジュニアのラファエルが三位、サーラ・メネゼスとエリカ・ミランダも三位に入賞して気をはいた。日系のダニエラ・ユリとカミラ・ミナカワは一回戦で破れ姿を消した。
 篠原監督に言わせるとこれでもブラジルは七十点ぐらいだという。リオで行われた世界選手権大会と比べれば、ちょっと残念だったに違いない。女子はその点本当に頑張ったようだ。
 柔道は一回優勝したり、上位に食い込むと、次の大会ではすっかり研究されてしまい、対策を講じられ惜敗することが多い。連覇ということはいかに難しい事か思い知らされる。チアーゴ・カミーロ、ルシアーノもその例にもれなかった。
 それにしても日本の柔道チームの不甲斐なさには腹がたった。女子の金メダル二個は、まあまあとしても男子の金メダルゼロは情けなかった。次の大会は十二月に東京で開かれる。その時までに何か対策を講じなければなるまい。五千ドルという一位の賞金は豊かな日本勢にとってはそんなに魅力が無いのかも知れない。とにかく厳しさが足りない。〃ナニクソ〃〃やってやる〃という気力が少しも感じられなかった。ロシアやブラジル、フランスにはそれがあった。
 柔道は格闘技である。まあいいとか負けてもアイツはチャンピオンだからしかたないと思ったら絶対に勝てない。稽古のときから自分に暗示をかけて〃俺は強いんだ〃〃俺は絶対倒れない〃と信じて、稽古と挑戦する気持を持たなければ、強くはなれない。
 日本は豊かになりすぎたのかも知れない。日本の中だけで稽古していたのでは勝てない。一人で柔道着をかついで世界中を武者修行してみるような度胸と根性を持たなければならない。強くなりたいなら、いくらでも方法があるはずである。
 ヨーロッパは狭い地帯にたくさんの国があるので交流も激しい。出稽古による腕みがきが易しい。ブラジルが強くなった最大の要因は、まずハングリー精神が旺盛なことだが、サンパウロに我々が作った南米講道館の大道場の存在が大きい。南米はおろかヨーロッパやアジアからも修行者がいつも来伯する。そしてサンパウロ中はおろか、ブラジル中から強くなりたい者が集まり、朝晩の集中稽古が欠かせない。しかも皆合宿である。
 母体になる選抜された六十人の強化チームがいるので、稽古相手には事欠かない。我々も時々練習に行くが、皆真剣に頑張っている。フランス、ドイツ、イギリス、スペイン、ポルトガル、アルゼンチンなどからいつも四、五人ずつ来伯し、交流、練習をしている。だからブラジルの若手は組手は厳しいし、良く試合のルールやかけひきを知っている。
 日本の選手より、ずっと国際的で、気軽に外国に呼ばれて出かけて行く。個人でもインターネットで選びヨーロッパやアメリカ、カナダへ出かけて行く。ブラジル人にはいい意味でずるさがあり度胸がある。この点をもっと日本チームも見習って欲しいものである。
 以上、試合を見て感じたことを書き並べてきたが、すべて私の独断と偏見で感想を述べた。
      (おわり)