コラム 樹海

ニッケイ新聞 2009年10月24日付け

 ちょっと古い話になるがー沢村国太郎という名優がいた。時代劇の敵役で鳴らし、悪代官役などの極悪振りの演技が何とも巧い。ラストシーンでは主役に斬られるのだが、そのときのもがき苦しむ動きは今も胸底に息づく。女優・沢村貞子や「南の国に雪が降る」の加藤大介の実兄であり、長門裕之、津川雅彦の父である▼夫人のマキノ智子さんは、日本映画の父とされるマキノ雅弘監督の妹だし、まさに「映画一家」であった。晩年は脳溢血で半身不随になり、これを看病したのが、南田洋子さんなのである。それも14年もの長い年月であり、南田さんには「介護のあとさき」の著作もあるし、国太郎さんは嫁の南田さんの看護でないといけなかったし、他の人では駄目だったーと夫の長門裕之さんが語っている▼長門さんと南田さんは芸能界の「おしどり夫婦」と呼ばれるほどに仲睦まじい。4年ほど前に南田さんは認知症を患い自宅療養が続いていた。このためにー長門さんは、200坪かの邸宅を壊しマンションを建て南田さんが暮らし易いようにし「できることは何でもしてやりたい」と介護に尽くした。それでも、南田さんは洗面所の椅子をトイレと間違えて失禁もありましたよーと長門さんは淡々と語る▼尤も、南田さんの病状は行きつ戻りつであったらしい。友人の緒方拳さんがなったときに長門さんが号泣すると、南田さんは「泣いちゃダメ、泣いても緒方さんが喜ぶわけないでしょ」と嗜めたそうだ。そんな南田洋子さんが、くも膜下出血で倒れ黄泉へと旅立った。76歳。
 (遯)