コラム オーリャ!

ニッケイ新聞 2009年10月28日付け

 世界的に見ても珍しい単身農業青年移住だったコチア青年移住。54年が過ぎ、80歳の傘寿を迎える時代になった。
 恒例の合同祝賀会を訪ねると、青年たちは意気盛ん。この人もコチア青年だったか、と改めて知ることもあった。
 同制度では18歳から25歳までの独身青年が対象だったが、当時の組合関係者によれば、血判状をもって直談判した17歳の人もいたという。
 コチア青年を実現した故下元健吉氏は、1次10回の渡伯後に急逝。それまではモイーニョ・ベーリョの試験場で青年らにブラジル生活の心構えを説いていた。出席者によれば、中には「お前たちは種馬で来たんだから、がんばれ」という激励?もあったとか。
 下元氏が亡くなったのは、1次1回が4年の契約を終える前だった。もし最初の青年らの巣立ちを見届けていたら、その後の歴史は変わっていたろうか。 (ま)