コラム 樹海
ニッケイ新聞 2009年11月6日付け
「俺はこの名シーンの時にその場にいたんだ!」。サンパウロ市の新観光名所、サッカー博物館(Museu do Futebol)をのぞくとペレ、ガリンシャ、ソクラテスら名選手の伝説的なプレーが繰り返し見られるようになっていて、父親が子供相手にそんなことを口角泡飛ばして解説している姿が微笑ましかった。親の情熱を通して、子供たちの脳裏に「歴史上の英雄」を刻み込もうとする展示の意図がすけて見える。2014年のW杯を見すえ、この国は今歴史を作っている最中なのだ▼一番感銘を受けたのは、「応援団の高揚感」を表現した音響展示で、まるでブラジル選手権決勝戦の応援席の真っ直中にいるような臨場感を味わえる。実際、ひいきチームのユニホームをきたいい大人が、そこで感慨に浸っている姿を見ると、どれだけこのスポーツが彼らの人格形成に影響を与えているかが分かる▼映像展示では、サンバ創立期の立役者ピシギンニャ、画家のポルチナリ、作家のジョルジ・アマード、知の巨人セルジオ・バルケらと共に、サッカーの名選手が位置づけられる筋になっており、国民アイデンティティにおける国技たるサッカーの重みを感じさせる。博物館があるパカエンブー蹴球場が開所したのはゼッツリオ・バルガス国粋政権の1940年、広場の名もサッカーを持ち込んだチャールス・ミラー、サンパウロ市のサッカー聖地に他ならない▼展示に日系選手の姿はなかったなと思いながら出ると、目の前にはフェイラが広がる。ベージャ誌が今年の最良パステル店に選んだ日系の〃名技〃に舌を遊ばせ、これもまたブラジルの歴史の一部だとしみじみ噛みしめた。(深)