日伯論談=テーマ「日伯経済交流」=第41回=坂野正典=住友商事総合研究所=代表取締役社長=変容への対応

2010年3月13日付け

「豊かな富が誘発するリスク」

 勢いのある現在のブラジルに逆行するような話だが「ブラジル・リスク」の話を紹介したい。
 米国の某有力リスク分析コンサルタント会社が毎年初に発表する「世界のトップ・リスク10」の2010年版にブラジルがリストアップされた。
 No・1は「米中関係」となっている。米中関係については年明けよりグーグル問題、台湾武器輸出問題等々、両国間の緊張関係が続いている。又、地球温暖化・核不拡散・国際貿易など国際的課題での両国の利害不一致もあり、それらが世界に及ぼす影響が大としている。
 その他のリスクには「EU域内の財政格差」、「米国金融規制」、「気候変動」、「インド・パキスタン紛争」が入っている。又、個別にリスクがある地域・国としてイラン、日本、東欧、トルコとともにブラジルがリストアップされている。
 ブラジルがリストアップされている理由が非常に興味深い。このコンサルタント会社の分析によるブラジルのリスクは「豊かな富が誘発するリスク」だそうである。過去5年間にブラジルのマクロ経済のフアンダメンタルは劇的に改善し、今回の金融危機でもその影響を最小限に食い止めるほどブラジル経済の安定度は格段に増している。
 又、既存の食糧・鉱山等の資源に加え、岩塩層下で発見された巨大油田(プレサル)の石油という新たな富も手に入れた。このように先例がないほど豊かになったブラジルが故に、将来の方向性が定まらず、諸政策が極めて流動的となるリスクがあるとの指摘である。
 リスクの一例として挙げているのは前述のプレサル開発を含む石油開発政策だ。従来、ブラジルでの石油開発は外国石油会社などの外国資本に門戸が開放され、海外からの資本、技術が柔軟的に導入されていた。
 ところがプレサルという大型油田が発見されると、当該の全ての油田開発・生産は国営石油企業のペトロブラスに任すべきという話になり現在、関連法案の整備が進められている。この法案が議会で承認されれば、海面下数千メートルにある岩塩下層の深海油田開発はペトロブラスにとり操業面のみならず、投資資金面での制約が出てくるリスクが考えられる。
 一方、財政面では安定した経済基盤に加え、本年10月の大統領選挙を意識した財政拡大政策が継続され、その結果として経済過熱が起こり、ルーラ政権を引き継ぐ次期政権が財政調整(抑制)を余儀なくされるリスクが高いとの指摘である。ルーラ政権下のブラジルは国内外の信任を高めるために財政の健全化などマクロ経済の安定化など、愚直に努力すると同時に経済発展を加速すべく投資環境を整備し、海外からの大規模な直接投資を実現させてきた。
 言い換えれば、前述のコンサルタントの指摘は、ルーラ政権下のブラジルは経済発展に必要な政策の選択肢はあまりなかったが故のサクセス・ストーリーと言いたいらしい。そして、政策の選択肢が増えた現在は色々なリスクがあるとの指摘だが、見方を変えればこれからのブラジルは、色々な選択肢が持てるという極めてポジティブな変化とも言える。

「戦略的パートナーとしてのブラジル」

 一方、このようなブラジルの変化に日本企業の準備はできているだろうか。ブラジルにおける日本企業の投資戦略の問題点については、本論談でも具体的に指摘されているので重複は避け、ここでは日本企業が取るべき戦略について個人的な提案を含めて述べることとしたい。
 その一つに地域戦略がある。地域戦略とは対象地域に企業の重要な経営資源を長期にコミットすることであり、事業戦略以上に優先すべき戦略とも言える。残念ながら、これまでの日本企業には真の地域戦略はなく、ほとんどは事業戦略だけであった。
 これをブラジルに置き換えると、当該事業をブラジルで成功させるための戦略が主体で、事業が成功するならブラジル以外でも良いのである。
 その結果、ブラジルの重要性は常に他地域との比較で評価され、長期的な視野での戦略立案ができないこととなる。ブラジルで事業を考える場合、堅固で明確な地域戦略を持って進めて欲しい。
 次にブラジル(又はブラジル企業)を日本企業のグローバル展開における戦略的パートナーと位置づけることを提案したい。即ち、ブラジルを市場、製造・販売拠点の対象として考えるだけではなく、企業のグローバルな事業展開の中でブラジル(又はブラジル企業)の価値・競争力を最大限活用することである。
 所謂、企業のグローバル・バリューチェーン(global value-chain)にブラジルを組み入れていく発想が必要というものだ。要は、企業戦略の一つの選択肢としてブラジルを考えるのではなく、ブラジルとともにグローバル戦略を考えていくというものである。
 リスクとポテンシャルを内包したブラジルの変容にどう向き合っていくか、日本企業の実力が問われている。

坂野正典(ばんの まさのり)

 愛知県出身、(株)住友商事総合研究所 代表取締役社長、元ブラジル住友商事社長(サンパウロ駐在、2000~2004年)、ブエノスアイレス駐在(1977~1981年)、日本・チリ賢人会メンバー(2004年~現在)。62歳。(本稿は、筆者の関係する団体、企業の見方を反映するものではなく個人の見解です)

※この寄稿は(社)日本ブラジル中央協会の協力により実現しました。