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焼津のブラジル人母子殺害=遺族のミサキさんが死去=静岡県=ネーベス被告の裁判待たず=一人暮らしのアパートで発見

ニッケイ新聞 2010年4月23日付け

 【静岡新聞】2006年12月の焼津市のブラジル人母子殺害事件で、家族3人を失った遺族の日系ブラジル人ミサキ・コウイチ・マルシリオさんが、22日までに同市内の自宅で亡くなっていたことが分かった。同事件はブラジルで08年に初公判が始まったが、いまだ結審しておらず、日本とブラジルの知人や友人からは裁判の結果を知ることなく亡くなったミサキさんを悼む声が相次いでいる。

 3月末に自宅アパートで死亡した状態で見つかり、4月上旬に身元が確認された。49歳だった。焼津署によると、病死とみられ、事件性はないという。ミサキさんは事件後、一人で暮らしていた。
 ミサキさんは事件で妻=当時(41)=、長男=同(15)=、二男=同(10)=を失った。日本政府の代理処罰(国外犯処罰)要請を受け、ブラジル検察当局がエジルソン・ドニゼッチ・ネーベス被告を殺人罪で起訴し、08年2月に初公判が開かれた。
 焼津からブラジルに渡り、初公判を傍聴したミサキさん。「被告に『人でなし』と声を荒らげ、悔しそうに目頭を押さえていた」と取材したブラジルの邦字紙ニッケイ新聞の深沢正雪編集長=沼津市出身=は振り返る。
 1999年にブラジル人のひき逃げ事件で長女を亡くした浜松市中区の落合敏雄さんは「何かできることはないかと考えていた矢先だったので、とても残念」と話し、ブラジルへの渡航を支援した犯罪被害者遺族の湖西市の山岡理恵さんは「さぞ心残りだと思う。このまま事件の真相がうやむやになることだけは絶対に困る」とブラジルでの裁判の進行を強く望んだ。
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 日本国内のポルトガル語メディア「ipcdigital」「Portal Web News」などのサイトによれば、ミサキさんの遺体は日本時間の22日午前、焼津市営火葬場で荼毘に付された。25日午前11時から藤枝カトリック教会で故人を偲ぶミサが行われる予定。

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