日伯論談=テーマ「日伯経済交流」=第48回=和田昌親=日経HR社長=「食断」の日本を救うのはブラジル

2010年5月1日付け

 21世紀に入りブラジルは順調に成長しているが、日本は腑抜けのように元気がない。民主党は09年に念願の政権交代を果たしたというのに、あろうことか首相と幹事長の「政治とカネ」のダブル不祥事が発生し内閣支持率は急落している。
経済はデフレ状態から脱出できず、国際的な発言力も低下気味だ。八方ふさがりとはこのことだ。それなのに、鳩山内閣には危機感がない。経済大国ニッポンを取り戻そうという気概がない。日米外交も景気もいずれ何とかなると思っている。
 「杞憂」という漢語がある。「杞の国の人が天地が崩れ落ちるのを憂えた」(広辞苑)という中国の故事から「無用の心配をすること」を言う。そんな言葉が気になるほど、日本の将来が不安になってきた。
 もちろん日本が今すぐに傾くなどとは思わない。しかし100年単位で物事を考えると、「杞憂」がホンモノになりそうないやな予感がする。
ここは、あの坂本竜馬や勝海舟、福沢諭吉ら明治維新の激動期を駆け抜けた俊英たちに国造りを教わる必要がある。彼らがすごいのは開国すると日本がどうなるかという目先の話ではなく、日本の遠い将来を見据えて行動を起こしていたことだろう。
 何が心配かというと、それは「食料危機」の到来である。資源確保も心配だが、ある時から石油備蓄は進んだ。作家の堺屋太一氏は石油不安を「油断」と命名したが、これからは「食断」である。
 日本は少子化で人口が減るから食料確保は大丈夫というのは素人考え。食料自給率がわずか40%の国だから、世界が食料不足になれば、輸入食料が入らなくなる。日本は農業振興をし、自給率を少しでも高める努力をしないと食料危機に見舞われる。
 こんな本がある。ブラジル在住のエコノミスト、ジャン=イヴ・カルファンタンの著書『世界食糧ショック』(林昌宏訳)によると「食糧難は数十年先の遠い将来の話であり、我々が方向転換する時間はまだ十分にあると考えるのは、最悪の幻想であろう。何の対策も講じなければ、間もなく世界の人々は深刻な食糧不安に直面する」という。
 世界人口は現在の65億人から2025年には80億人、2050年には今より25億人も多い90億人に達するとの予測がある。人口13億人の中国と同じ規模の国が世界で二つ誕生する計算になる。
 やっかいなのはアフリカの途上国を中心に貧困層の人口が増える一方で、高成長を続ける国々では中産階級が育ち、食料消費が急増することだ。だから一般的には人口増よりも速いペースで食料消費は増える。
 インド、インドネシア、ブラジル、メキシコなどの新興国は21世紀も人口が増え続けると言われているが、これらの国々が豊かになり、野放図に食料消費を増やしていけば、結果は目に見えている。
 中国はわかっている。2010年3月の全国人民代表大会(全人代)で「09年の食料生産は5億3千万トン余りで、6年連続の増産を記録した」と発表した。13億人の胃袋を満たすために農家に補助金を与えて必死に増産している。同国政府にとっては軍事力強化よりも大事な国家戦略だ。
 どんな国でも食料需給がひっ迫したり価格が高騰すると、輸出規制の方向に走る。自由貿易を標榜する国もいざとなると保護貿易主義に変身する。食料をめぐる国同士の攻防、いわゆる「食料安全保障」は政治的判断や気候変動などもからみ非常に複雑になる。
 08年がそうだった。アルゼンチンが小麦や牛肉などの輸出を制限し、中国もコメ、小麦、トウモロコシに輸出税をかけ、インドもコメ、小麦の輸出を禁止した。大きな農業国が輸出規制をするとアフリカやアジアなどの途上国ではすぐに食料不安が広がる。
 危ないのはバイオ燃料ブームだ。米国のトウモロコシ、欧州の小麦、ブラジルのサトウキビなどが燃料用に使われているが、本来は食料にすべき植物を燃料に回す傾向が行き過ぎると、食料不足を助長することになる。
 あえて悲観論を強調するのは、日本が困ったときに「どの国が頼りになるか」を今から考えておく必要があると思うからだ。
 そこでブラジルの出番がやってくる。日本が頼れるのはブラジルしかない。中国、インド、ベトナムなどアジアに農業国は多いが、日本に助けを求めることはあっても「助ける」という発想はない。
 ブラジルには日本人の同胞150万人がいる。その日系移民は「ブラジルを立派な農業国にした」と同国民に尊敬されている。かんがい農業を成功させたセラード開発がその典型である。
 ブラジル人が日本人を尊敬してくれている間に、より緊密な関係を築く必要がある。日本はブラジルから鶏肉、砂糖、オレンジュースなどをたくさん輸入しているが、これを機会に懸案の牛肉輸入を解禁したらどうか、と思う。そうでないと、いざという時に日本はブラジルから食料をもらえない。
 鳩山首相は「食断」を避けるためにも、できるだけ早くブラジルを訪問すべきだろう。

和田昌親(わだ まさみ)

 神奈川県生まれ。東京外国語大学卒。日本経済新聞社に入社。サンパウロ特派員、欧州編集総局長、QUICK取締役、日経アメリカ社社長などを経て、日本経済新聞社常務取締役を務める。その後OCS(海外新聞普及)専務、現職は日経HR社長。(財)日本ブラジル中央協会理事。主な著書に『蒼天に生きる 新生モンゴルの素顔』(日本経済新聞社、1994)、『逆さまの地球儀 複眼思考の旅』(同、2008年)など。62歳。

※この寄稿は(社)日本ブラジル中央協会の協力により実現しました。