サンバの象徴ネネ死す=一生涯を音楽に捧げた男=チームの発展を強く夢見て

ニッケイ新聞 2010年10月6日付け

 サンパウロ市のサンバチーム、ネネ・デ・ヴィラ・マチルデの創立者アルベルト・アルヴェス・ダ・シルヴァ氏(通称=ネネ)が4日未明、風邪により入院していたサンパウロ市東部の病院で呼吸困難を起こして亡くなった。享年89歳。5日付伯字紙面では多くの音楽関係者から同氏の死を偲ぶ声が寄せられたのと同時に、音楽に捧げられた同氏の人生が取り上げられた。
 1921年7月24日ミナス州の奥地で生まれたネネは、幼い頃家族と共に移住したサンパウロで生涯を過ごす。9歳の時にゴイアバーダの缶と瓶の蓋を用いて作った最初のパンデイロを手にしていたネネは、ヴィラ・マチルデ区で兄弟や友人らと共にサンバを演奏し続け、1949年に正式なサンバチームの立ち上げを決意した。
 登記所に出向いた彼らは、まだチームの名前を考えていなかった。登記所の役人は、議論する友人らをよそに、パンデイロを叩くのをやめない1人の青年の名前を尋ねる。それは若き日のネネの姿で、その名前を聞いた役人が登録したのが、現在のチーム名だったという。
 チームは1953年からサンパウロのカーニヴァルに出場し始め、58~60年に大会初の3連覇を成し遂げた。その後、01年までに計11回の優勝を飾り、85年には招待を受け、リオのカーニヴァルまで出向いている。
 数々の栄光を手にして来たチームだったが、近年には順位が下がっており、昨年のカーニヴァルでは60年間で初めてグルッポ・エスペシアルから降格という苦境を迎えた。健康を害したネネは47年間チームを発展へ導いた後、96年からその運営を息子のアルベルト・アルヴェス・ダ・シルヴァ・フィーリョに引き継いでいた。
 苦境と戦い、今年のグルッポ・デ・アセッソで優勝を果たしたチームは、来年は再度エスペシアルの枠へ戻る切符を掴んだ。歩くこともままならず、サンボードロモ会場へも行けなかったネネだが、優勝のニュースをいち早く伝えようとバテリスタらが自宅まで出向くと、感激して窓に駆け寄ったという。
 今年9月にはサンパウロ州政府から勲章を贈られたネネは、サンパウロ市で最も長老のサンビスタだった。現在、チームリーダーを務めるリナルド・ジョゼ・アンツーネスさんは、「ネネはチームがあるべき場所に戻るのを見届けてくれた。これからもチームの成長を見守ってくれるはず」と語っている。