コラム 樹海

ニッケイ新聞 2010年10月21日付け

 緑の地獄と言われたマナカプルー(現ベラヴィスタ)に移住した映画好きの少年がブラジル人から、対岸のマナウスで日 本映画を上映していることを聞く。「ハッショモン」だという。首を傾げながら、なけなしの小銭を握り締めバルサに乗った。黒澤明監督『羅生門』(50年)だった。「音声も画像もひどくてね。けど、最高に興奮したのを覚えています」▼日本が誇る映像美の巨匠が生まれて今年で100年。9日付けのフォーリャ紙に『乱』のデッサン画が躍った。サンパウロでも様々な催しが行われる。大竹富江インスティトゥートでは、日本国外初のデッサン画展が明日22日から開かれる▼描くことによりイメージを作り、それを再現するスタイルだった。撮影現場にある〃必要ない〃家を取り壊したエピソードは有名だ。雲の形にこだわり、空模様がイメージ通りになるのを待つことも多かったという。黒澤プロのマネージャーで『天気待ち 監督・黒澤明とともに』(01年、文藝春秋刊)の著者、野上照代さんがサンパウロ国際映画祭にあわせて来伯、ポ語出版会も行われる▼当時としては大男だった(182センチ)体躯を支えたのは肉。特にステーキ、すき焼き、ソースかつ丼が大好物だったとか。サンパウロ市のレストラン「らん月オブ東京」では、お気に入りだったという黒毛豚のしゃぶしゃぶが期間限定で楽しめる。イタリア産の岩塩で楽しむのが黒澤流▼同映画祭で、デジタル復元版『羅生門』が上映されると聞き、悪環境のアマゾンの映画館で、墨汁を混ぜて降らせた冒頭の豪雨のシーンを見つめる日本人少年の姿を思い浮かべた。(剛)