コラム 樹海

ニッケイ新聞 2010年12月2日付け

 奄美大島―。豊かなさんご礁、大島紬、さとうきびに青い空。島唄の世界もあり、左党には黒糖焼酎が人気だ。小説家島尾敏雄が移り住んだ名瀬の街もよく知られる。台風は別として、天災というイメージはないのだが、それは出身者にとってもそうだったらしい。「だからビックリしたんですよ」と肥後英樹さん(奄美市出身)▼10月20日に記録的な大雨が奄美大島を襲い、3人が死亡した。避難所生活者は昨月末でゼロとなったが、被害総額は115億円だという。この被害を受け、奄美出身者らが先月、「義捐金を送ろう」と立ち上がり、新聞紙上で呼びかけた。出身者らでつくる奄美会は02年に解散しているが、郷里を思う気持ちは変わらない。即座に50人から計1万レアルの浄財が寄せられた▼出身の多いサンパウロ市ヴィラカロン、カーザヴェルジはもちろん、カンピーナスなど各地から連絡があった。肥後さんのもとには、同船者からの電話。「50年ぶり。嬉しかったですね」と古里への思いが繋いだ再会に顔をほころばせる。「こんなに集まるとは思っていなかった」と熱く語る玉利繁弘さんの出身地宇検村にある湯湾川には「ブラジル橋」が架かる。ブラジル奄美出身者のなかで長老的存在の藤田ヤスヒサさんらによるものだ▼早々に奄美市長宛に送金手続きを行なう予定だが、義捐金は今週末まで受け付ける(11・4158・1367/肥後、11・2280・5061/玉利)。肥後さんは有名な「ブッフェ奄美」代表、玉利さんはメルカドンで鮮魚店「AMAMI」を経営する。掲げた看板からも強い郷土愛が伝わってくる。(剛)