東日本大震災からの教訓=アマゾンから文明問う=全能のおごり捨てる時

ニッケイ新聞 2011年7月8日付け

 自然保護のリーダーとして世界が注目するマリナ・シルバさん(53)はブラジル・アマゾンの奥地で育った。16歳まで読み書きができずメードをしながら教育を受け、今は「明日の大国」ブラジルを環境大国に変身させる原動力だ。人類は文明の岐路に立つと警告、自然との共存こそ新たな文明を開く道であると唱えた。

 ▽科学の幻想
 —人知を圧倒するアマゾンの自然に生きてきた経験から、東日本大震災に何を思いますか。
 「人類は全能だというおごりを捨てるべきだ。科学技術は確かに素晴らしい。どこでも通信できるし距離も縮まった。だが、それは幻想でもある。科学だけで解決できない問題は多い。賢人は他者から学ぶが、自分の失敗からさえ学べない者は愚かすぎる」
 「日本の震災は人類に二つの教訓を残した。一つは高い技術は地震に耐え得ること。もう一つはそうした高い技術も津波には勝てなかったことだ。われわれは弱さを認め、想像もしないことが起きる可能性を忘れてはならない」
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 アマゾンの保護活動で師と仰いだシコ・メンデス氏を1988年、反対勢力による暗殺で失ったが、不屈の活動を続け、左派のルーラ前政権で環境相に。6年間の在任中、森林伐採を76%に減らし、多くの自然保護区を設定した。貧困層からはカリスマ扱いされ、昨年の大統領選では約19%の得票で3位となった。
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—自然保護はなぜ必要なのか。
 「アマゾンの森林が全て破壊されれば二酸化炭素排出で地球の気温が10度は上がる。水資源は人類の喫緊の課題だが、アマゾンの雨林は1日に200億トンの水を生み出す。アマゾン川から海に流れ込む水は世界全体の2割を占める。この水がなくなれば地球の均衡が崩れる。森林は人々の生命に直結する」

▽あふれるモノと病
 —しかし、自然保護を強調すると成長が実現しない懸念がある。途上国の人々は先進国の生活をあきらめるべきなのか。
 「全人類を先進国並みに養うには地球が三つ必要で、先進国の生活モデルは疑問だ。限りある資源に依存する今の消費、生産、幸福パターンは長続きしない。ブランドの運動靴を買えない貧しい子どもさえ、その存在を知り欲しがる。モノがあふれているためわれわれは病気になっている。自然と共存する道を模索すべきだ。新たな歩み方をつくろう」
 —例えば、どんな道が考えられるのか。
 「メンデス氏から学んだことだが、いつも同じ木からゴムを採取したら枯れ、自然は死ぬが、常に場所を変えて違う木から採取すれば、30年後には木々は力を回復する。これは、自然との共存の具体例だ。自然を殺さず、その力を一時的に借りて生きるべきだ」
 「アマゾンのインディオのような社会は何千年もの知恵を通して資源の枯渇に直面する世界を救う方法を教えてくれるかもしれない。現代文明と先人の知恵を組み合わせたところに答えがあるかもしれない。多様な文化間、世代間での対話が必要だ」
 「ブラジルでは30年以上前にサトウキビをアルコール化する計画を始め、代替エネルギーを開発した。今、エネルギーの45%が再生可能だ。各国それぞれに新しい道がある。日本も国を挙げて再生可能で安全なエネルギーに投資すべきだ」
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 町からボートで2日以上かかる密林に育った極貧の幼少期。毎朝4時起きでゴムの樹液を採取して家計を助けた。苦学に裏打ちされた知を背景にした発言は哲学者を思わせる。シルバさんが言う「新しい道」とは、限界が見える「北」の先進国モデルでない新モデルの模索だ。きゃしゃだが、「南」の大国の指導者を目指す意欲が感じられる。
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 ▽文明の岐路
 —原発をどうすべきだろうか。
 「チェルノブイリやフクシマで、危険が多くコストも高いと分かった。ブラジルの研究では、風力の方が約2割安いコストで同じ量のエネルギーを作れる。水力と太陽光の可能性を秘めるブラジルには原発は必要ない」
 「日本のように資源が豊富でない国は事情が異なるが、政府は全てを開示し、原発が与える地球全体への影響を考えて国民と議論しなければならない。透明性がなければ、国民、全人類が震災の教訓を生かせない」
 —文明の方向を変えるには抵抗も強い。
 「人類は変革を起こせる。石が足りなくなったために石器時代を脱したのではない。石油が枯渇して初めて石油に依存する時代を終えるのでなく、一刻も早いシフトが必要だ」
 「われわれは今、文明の岐路に立つ。判断を誤れば、自滅する。前例のない転換点だ。その判断は全て、まだ生まれていない世代の運命に直結する決定的なものとなるはずだ」
(遠藤幹宜、共同通信リオ支局長)