コラム 樹海

ニッケイ新聞 2011年8月18日付け

  笠戸丸移民に始まる初期移民がコロノ生活にあえいでいた1918年(大正7年)、日本初のポルトガル語辞書「葡和辞典」が発行された。編者は大武和三郎(1872〜1944)。19世紀末にブラジルに渡り、のちに在日本ブラジル公使館で通訳官を務めながら辞書編纂に血肉を削った▼その後も25年(大正14年)に「和葡辞典」を発行、戦前移民のピークにあわせるかのように数万語を追加した「葡語新辞典」(見出し語6万8千)を64歳で完成させ、新聞の取材に次のように答えている。「在留日本人は言葉を知らないため随分損をしてゐるので正確な辞書を作りこの損失を少なくしようと編纂を思い立ったのです」▼畢生の大事業、と記事に謳われつつも、他者によるポ語辞書の前書きに認められるだけとなっていたその功績に光を当てるべく、資料を収集したのはサンパウロ人文科学研究所の監査だった森田左京氏(故人)。『実業のブラジル』(92年1月号)でもポ語辞書電子化の必要性を強く訴え、主要言語が続々世に出るなか、最期まで日本のポ語軽視を嘆いていた▼CASIOが9月9日、初のポ語電子辞書を発売する。数冊分の辞書を搭載、音声も聴ける機能もつく。初の電子辞書発売から21年。大武が編纂を思い立ってほぼ100年▼遅きに失した、とは言うまい。企業進出の機運が高まりブラジルに関心を持つ若い世代も増えている。手に取る人も多いのではないか。死の前日、「ブラジルに忠誠を誓う」との言葉を残した大武氏。その人生発掘に晩年を費やした森田氏。今頃、手を取り合って喜んでいることだろう。(剛)