コラム 樹海

ニッケイ新聞 2011年9月30日付け

 ブラジルは天国に一番近い土地なのか——28日、ラ米日本研究学会でブラジリア大学のロナン・アルベス・ペレイラ准教授による「見え隠れする日本の天国とそのブラジルへの影響」という興味深い発表を聞き、日本移民が当地に次々と「ユートピア」「聖地」を作ってきた歴史を思い浮かべた▼日本の新興宗教のPL、生長の家、世界救世教は「聖地」建設の代表格だ。加えて本門佛立宗もタピライ市に土地を買って「佛立聖地(Terra Pura)」を作っており、まだまだ増えそうだ▼初期移民の隠れキリシタンにとっては、カトリックを国教とするこの国自体が「パライゾ」だったはずだし、武者小路実篤の「新しき村」に共鳴した弓場勇による弓場農場もユートビア系の存在だ。多くの移住地、植民地が「理想郷」建設の志を持っていた▼同教授に、なぜ日本人はこんなにブラジルに聖地を作ろうとしたのかと尋ねると、「キリスト教では聖地はエルサレム一つしかない。いくつも聖地を持つこと自体、日本的な考え方」と指摘され、考え込んだ。狭い祖国では不可能な夢を実現しようとしてきた移民の心の軌跡が、聖地として結晶化している▼夢見がちな冒険者が新大陸に移住して、旧世界の秩序を反面教師にした〃熱帯の楽園〃を作ろうとした。「舞楽而留」(楽しく舞って留まる)という音語訳を考えた水野龍自身、日本移民史上もっとも楽園を夢想した一人だ▼でも現実の当国は世界有数の貧富差を持つ社会となり、犯罪率も高い。一世の夢を受け継いでこの国に生まれた世代にとっては、「地上に楽園はない」という苦い教訓こそが出発点となっているのは、実に皮肉だ。(深)