第1回=学生のアイデアで誕生=札幌から全国、海外へ

ニッケイ新聞 2012年7月7日付け

 鳴子を手に「ソーラン」と掛け声を響かせ、色とりどりの衣装で踊るYOSAKOIソーラン。美容院「SOHO」の創始者・飯島秀昭氏が仕掛け人となり大会を開催して以来、僅か10年でコロニアの一大イベントに成長を遂げた。日本との交流も緊密化し、今月29日に開かれる第10回大会には、本場札幌で2年連続優勝を果たした「夢想漣えさし」が出演し、最高峰のYOSAKOIを披露する。数々の日系団体、芸能団体が若者呼び込みに苦労する中、着々と若者を惹きつけ、成長を続けるYOSAKOIの魅力とは—その発展の軌跡を追った。

 YOSAKOIソーラン(以下、YOSAKOI)は、北海道の民謡ソーラン節と高知県のよさこい祭りが合体して生まれた、伝統芸能とは異なる新しいタイプの舞踊だ。
 「手に鳴子を持って踊ること」「ソーラン節の一節を曲の中に取り入れること」というルールに則れば、衣装や振り付け、音楽は創作自由。テンポの速い曲に合わせて踊る活気溢れる踊りのためか、踊り手の大部分は若者だ。
 日本では「祭り」と称して開催されているが、各地域に残る古い祭りのように、舞台に〃神〃は現れない。参加者の年齢・性別は問わず、大都会のど真ん中でも開催できる。
 産みの親は当時北海道大学の学生だった愛知県出身の長谷川岳さん。高知県のよさこい祭りに感動し、北海道でも同じような祭りを開催しようと決意したのが始まりだ。
 よさこいは盆踊り風の踊りだが、YOSAKOI同様サンバ、ロックやフラメンコなど他の様式を取り入れアレンジできる。手に持って踊る鳴子は、かつて作物を狙う鳥を追い払うための農具だった。一方ソーラン節は、ニシン漁の沖揚げ音頭を基に発展した民謡だ。
 そんな他地域の民謡を合体させるという、出身や伝統にこだわらない斬新な発想が若者を惹き付けた。しかし、YOSAKOIを日本文化と呼ぶのは邪道だという批判もあった。
 1992年、「街は舞台だ」をスローガンに初めて大会が開催されて以来、急成長を遂げ、今では市内20カ所近くの道路を舞台にイベントが繰り広げられている。観客動員数200万を超える年もある。
 「見る人と踊る人の堺がない。どこでも誰でもやれる踊り」と飯島氏は言う。そんな粋の良さも若者を惹きつける理由だろうか。「若い子の感性で生まれた祭りだから、今の世相に合ったんだろうね」と頷く。
 地域振興にも寄与することから、徐々に地元の民謡によさこいを取り入れた「YOSAKOI祭り」は全国に、そして海外に普及して行った。(つづく、児島阿佐美記者)