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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第41回

ニッケイ新聞 2013年3月27日

 彼らが学生運動に消極的なのは、自分たち自身の中にも挫折感が渦巻いていたからに他ならない。高校生三年生だった頃、東大安田講堂の攻防が展開され、全共闘運動と無縁でいたわけではない。いやがおうでもその流れに巻き込まれてきた。
 東大入試が中止されたその年の二月頃から、新宿駅の西口広場ではフォークゲリラ集会が開かれるようになり、多くの学生が集まりフォークソングを歌いながらベトナム反戦運動を展開していた。
 反安保というスローガンの下に、どこのセクトにも属さないノンセクトラジカルを呼ばれる黒いヘルメット集団やベトナムに平和を合い言葉にフォーク集会を呼び掛けたベ平連が集まってきていた。日曜日の新宿は異様な熱気に包まれていた。
 児玉は大学受験に失敗し予備校通いをしていた。六月の集会に、身分証明書や免許証などは自宅において参加した。機動隊に逮捕された時のことを考えてのことだった。身分が割れ、親に迷惑が及ぶことだけは避けたいと思った。
 あの日、フォーク集会は次第に数が増え、熱気を帯びて西口地下広場から道路へと広がっていた。機動隊は地下広場に集まる学生を遠巻きにしていた。
 機動隊が包囲網を縮めると、地下広場の学生と小競り合いが始まった。小競り合いをしていると、どこからか角材が運び込まれ、機動隊に振り下ろされた。
 機動隊が学生を排除しようと盾を構え、横一線となって近づいてきた。
 機動隊の指揮官がハンドマイクで威圧するように学生に向けて言った。
「学生諸君に警告する。速やかに解散しなさい」
「帰れ。国家権力の犬」
 「帰れ」という声だけが、だれが仕掛けたわけでもないのに統制されたシュプレヒコールとなって機動隊に向けられた。指揮官は動じることなく、同じような警告を発した。
「速やかに解散しなさい」
 投石が始まった。石が機動隊の盾にぶつかり鈍い音を立てた。顔にあたったのか中にはうずくまる隊員もいた。負傷した隊員は隊列を離れ後方に下げられ、そのまま救急車で病院に送られた。けたたましい救急車のサイレンの音が駅構内に響き渡る。それも一台、二台という数ではなかった。サイレンは何ヶ所からも聞こえてきた。夥しい数のパトカー、救急車、それに火炎瓶に備えて消防車が新宿駅を取り巻いていた。
「速やかに解散しなさい」
 自分の部下が負傷するのを目の当たりにして、指揮官の声は明らかに怒気を含んでいた。学生たちの投石もさらに激しくなった。
「最後通告です。解散しなさい。指示に従わないものは公務執行妨害で逮捕する」
 機動隊は盾を前面に押し出し、隊列を立て直した。学生たちもスクラムを組み、横一線になった。
「かかれ」
 その声を合図に機動隊は駆け足で学生の列に突入した。機動隊は左手でジュラルミンの盾を握り、右手には金属製の警棒を手にしていた。機動隊の盾が最前列の学生に突き当たる。学生たちの隊列は数の力で機動隊を押し返そうとした。
 機動隊の盾やヘルメット、紺色の制服にはいずれも数字の八が記されていた。機動隊の中でも学生運動鎮圧の訓練と経験を積んでいた第八機動隊だった。機動隊最前列は盾で学生を押し返しながら、警棒を下から上に振り上げた。学生のヘルメットは工事現場で使用されている安いもので、自分が所属するセクトの色に塗り替えて被っていた。頭部を守るプラスチック製のヘルメット部分と紐が接着剤で結ばれているだけで、下から上に振り上げた警棒によって簡単にヘルメットと紐が外れた。
 ヘルメットが次々に空に舞い、学生たちは頭から耳、顎に掛けて紐が巻き付けられた不格好な姿になった。機動隊はここぞとばかりに今度は警棒を上から下に振り下ろした。学生の頭はパックリと割れて血が噴き出す。


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