連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第114回

ニッケイ新聞 2013年7月12日

 グスターボは空腹なのか腹を鳴らした。
「そんなにほめられたら料理しないわけにはいかないわね」
 叫子はセシリアにキッチンに案内するように言った。
 しかし、叫子はすぐに戻ってきて、日本語で言った。「お米がないのよ。近くにパダリアがあるらしいから子供たちにパンと米を買いに行かせて」
 パウロが何を話しているのか、怪訝な表情を浮かべた。
「パンと米、飲み物を買ってくるように弟たちに言ってくれる」
 叫子がパウロに言った。
「俺もこの辺りを通ったことはあるが、初めてきたところなので散歩がてら回ってくるよ」
 小宮はこう言って、パウロと弟二人を誘った。
 四人は歩いて近くにあるバールに向かった。歩いて十分もしないところにバールはあった。仕事がないのか、バールの前にはビリヤード台が置かれ、数人の若者が昼間から酒を飲みながら、ビリヤードに興じていた。
 パウロは彼らに挨拶をしていたが、すぐに小宮のところにきて一緒に買い物を始めた。
 パンを五個、米を二十キロ、コーラと水を六本ずつ買い、それを弟たちに持たせた。家に帰ると、肉を焼いている匂いが漂ってきた。
「もうすぐ用意ができるからね」叫子が弟たちに言った。
 やがて肉とコロッケ、暖められた餃子にシュウマイがテーブルの上に並んだ。パンを適当な大きさに切り分け、焼きたての肉を挟んで、弟たちに差し出した。
「ママイも食べて」叫子が勧めた。
 セシリアは餃子とシュウマイを一つずつ頬張り、作り方を叫子に尋ねた。
「これは日本の料理ではなくてシネースの料理よ」
「パウロがお土産に持ってきてくれたものをごちそうになったが、美味しかったよ」マリアが言った。
 二時間ほどパウロの子供の頃の話をマリアから聞きながら、食事をした。マリアは小宮夫婦がパウロにかけてくれる心遣いを心から感謝していた。
 二人が帰宅しようとすると、家族全員で車を止めたところまで送ってきてくれた。五、六人の子供が車に寄りかかりながら、パウロが来るのを待っていた。
「ずっと見張っていたよ、パウロ」
 一番年上の男の子が言った。
 パウロはポケットから小銭を出して、五人に与えた。
「また来てください」セシリアが言った。
 二人は全員に握手して車に乗り込んだ。
 小宮は車を走らせ、再びカステロ・ブランコ街道に入った。
「パウロも大変ね」叫子がため息交じりに言った。「あの一家、パウロの給料だけて生活しているそうよ」
「兄と姉が働いていると言っていたけど……」
「上の二人は一年に一度くらいしか帰ってこないらしい。どこに住んでいるのかもわからないそうよ。セシリアがそう言っていた」
「パウロは頑張って中学を卒業し、一日も早く一人前の整備士になることだな」
「そうね」
 叫子が相槌を打った。

 微かな光

 児玉の体調はすぐには回復しなかった。さすがに夜飲み歩くのだけは止めるようにした。しかし、児玉の寝込みを襲うようにして、ボアッチで客が取れなかったトレメ・トレメの女たちが入れ替わりでドアを叩いた。
 起き上がる元気のない児玉は、残っていた酒を彼女たちに与えて帰ってもらった。中には部屋に入り込み、明け方まで飲んでいる者もいた。熟睡することはできなかった。(つづく)

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