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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(43)

ニッケイ新聞 2013年7月13日

 以上の如くで、結論から言えば、認識派史観Ⅰの使用した「狂信」という言葉は、間違いということになる。
 常識的に考えても、そうであろう。終戦当時、邦人社会の人口は、ひと口に30万と言われた。幼少年者は除かねばならないが、除いた後の10割近く……ということは20万以上にはなったろうが……それだけ多数の人間が、一時に狂するなどという発病現象が起こることは、現実問題としてありえない。


状況誤認の連鎖

 戦勝派が、戦争は日本が勝ったと思い込み、敗戦派は、それを狂信と決め付けた。互いに状況を誤認したわけだが、これは以後も連鎖して行く。
 戦後起きた諸々の異常事は、この状況誤認の連鎖によって、構成されている、といっても過言ではない。
 戦勝報に続いて……というより、ほぼ同時に、認識派史観Ⅱで記した様に「日本の軍艦が、同胞の移民を祖国に迎える使節を乗せて、サントスに入港する」というニュースが流れた。既述の正体不明のラジオ放送が、そう伝え、入港は9月24日と明示したビラが出回った。
 この、日本から迎えの船が来るという噂は、戦時中から流れていた。そういう期待が語られている内に「予測」になり、さらに「予定」にされてしまったのである。
 当時の素朴な庶民にとっては「やっぱり、来てくれた!」という快心の思いがあった。
 戦前、邦人商業界の代表的存在であった蜂谷専一の伝記にも、
「(終戦の)翌日か翌々日…(略)…友人の梅田久吉を先頭に数人がどやどややって来て…(略)…『日本の海軍が近くサントスに上陸するから、その歓迎準備を…』…(略)…そんなことはあり得ないと反論しても、納得するどころか、こんどは居丈高になって、せっかく親切に誘っているのに自分たちの好意がわからないのかと怒り出す始末」
 という部分がある。
 ここでも、戦勝派の状況誤認が起こっていたのである。
 そして、歓喜した人々が大勢、出聖、異様な雰囲気を発散させながら街路を往来……警察が日本人自身による収拾を要求……という事態になった。
 さらに、もう一つ、問題が起きていた。臣道連盟が、その日本から来るという使節や海軍の将兵の歓迎費用を、多数の邦人から募金した──というのである。
 が、軍艦は予定日を過ぎても、サントスに入港しなかった。しかし、臣連は集めた金を返却しようとしなかった。それで、これは詐欺であるという声が上がったというのである。
 ただ、募金は単なる寄付あるいは会費であり、また、たいした額は集っていなかったという説もある。
 真相は、どうであったか? オールデン・ポリチカは翌年テロ容疑で、臣道連盟の役職員を検挙、後に起訴しようとした。
 詐欺事件がホンモノであったなら、これも起訴材料となった筈である。が、起訴は成立していない。
 ともあれ、右の様な、警察の要求と詐欺容疑があったことは事実であった。いずれの出来事も、原因は戦勝説にあり、その誤りを正す必要がある──と発想する者が出ることは自然の勢いであった。ここで、一つの社会的な動きが生まれる。敗戦認識の啓蒙運動である。(つづく)



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