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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2013年8月21日

 「ここはお国を何万里、はなれて遠きブラジルの、赤い夕陽に照らされて、友は野末の石の下」そんな「戦友」の替え歌が戦前移民のでよく歌われていた。なぜ「日本人の心の歌」ショーでは軍歌がよく歌われるのか、と戦後生まれのコラム子は以前から不思議に思っていた▼観客の田崎愛子さん(80、福岡)と話していて、その理由を納得した。「両親がよく『同期の桜』とか『愛国行進曲』を歌っていた。戦争中はリンスのタカルス区で逃げ隠れしながら日本語学校に通い、戦後はバウパライゾから70キロ離れた原始林の中に移転した。みんなから『オンサの餌になるぞ』と脅されました」と笑う。「日本人も少ない、電気もない、ラジオもない生活だったから夜になると景気づけに両親が軍歌をよく歌った。私たちにも教えてくれたから、軍歌を聞くとあの時代を思い出すんですよ」としみじみ語った▼日本で軍歌といえば「戦争」と結びついたイメージだ。だがコロニアの軍歌には「開拓地の生活」が結びついている。移民にとっての〃戦場〃は開拓地だ。おなじ曲を聴いても、そこから想起される内容がまったく異なる訳だ▼このショーでは本紙を通じて希望曲を募るので、よりコロニア向きの選曲になる。わざわざリオから毎年来ているという村田哲さん(86、栃木)は元外国船の船長だとか。舞台で「同期の桜」を歌った歌手は、村田さん提供の船長服を着ていた。子供が障害を抱えていたこともあって、15年ほど前に移住した。村田さんは舞台前のかぶり付きに陣取り、「何日か前にNHKで歌謡番組やっていたけど、こっちの方が選曲がいい」と笑った。(深)