連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(4)  

 

ニッケイ新聞 2013年9月17日

 

「俺も昔、刑事時代に・・・」
「麻薬経験者か・・・」とブラジル在住の日本人が見下げる様に言った。
 救われた旅僧が話題を変えるかのように、
「貴方が救って下さらなかったら、今頃どうなっていたか・・・」
「しかし、『お金を渡した』なんて、よく機転が利きましたね」
「観音さまの思し召しのまま行動しました・・・」
「カンノンさんの命令ですか。しかし、なんであんな所をお一人で? それもカンノンさんの命令なんですか?」
「いえ、あれは私の独断です。とにかくサンパウロまで歩けばどうにかなると思い・・・」
「貴方を浮浪者だと思い見逃すところでしたよ。タクシーやシャトルバスとか他の手段があったのに・・・。サンパウロまで二十キロもあるんですよ」
「二十キロくらい修行で慣れていますから、それに、言葉が全く分からず・・・。あの〜、この国は何語を話すのですか?」
「えっ! 貴方はブラジルに来たんですよ。この国はポルトガル語を話すんです」
「あれはポルトガル語ですか。だから、なに言っているのかさっぱり分からず、それで歩こうと・・・」
「貴方はボーズですね」
「修行中のボーズです」
「ユニフォーム(ユニフォルメ)からして立派なボーズじゃないですか」
 助手席のチャッカリ男がジョージに、
「彼をボーズ、ボーズと呼ぶってーのはボーズに失礼じゃねーか、僧侶とか和尚(おっしょ)さんと呼べねーのか、そうしねーと罰が当たるってもんだ」
「いつもお盆に『ボーズが来たぞ!』と一世のタカノリ叔父が怒鳴っていたんで『ボーズ』と呼ぶのが当たり前だと思っていました」
「中嶋と呼んで下さい」
「ジョージ・ウエムラです」
少し年下で無鉄砲でありながら言葉使いと態度から誠実さを感じさせる旅僧にジョージは親近感を抱いた。
「ブラジルにお知合いは?」
「父の駒河大学の同輩で、ブラジルに渡られた僧侶を訪ねて来ました」
「その方は今どこに?」
「手紙で何度も連絡を試みたのですが上手くいかず・・・、とりあえずブラジルに行けば何とかなると思い・・・」
「なんとかなる!?」ジョージはボーズの無謀さに呆れてしまった。
 旅僧はベルトを肩から外さずに、膝にしっかり抱いたショルダーバッグから数枚の手紙が入ったポリ袋を取り出し、ジョージに差し出した。