連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(5)  

 

ニッケイ新聞 2013年9月18日

 

「後で見せて下さい。そこへお連れしますから」
 助手席のチャッカリ男が、後部座席に向って、自ら出した百ドル札を見せ、
「和尚さんがスッテンテンだ、皆で助けようじゃねーか」
 この呼び掛けに、
「遠いブラジルまで来て下さった和尚さんだ、何とかしなくちゃー」
皆が快く賛同し、五百ドル近くが集まった。
「和尚さん、このゼニ、お布施として受け取っておくんな」昔の旅役者みたいな言葉使いで助手席の男が無造作にその『ゼニ』を中嶋に差し出した。
「私の愚かな行いで、これ以上ご迷惑をおかけするのは・・・」
「そう言わずに取っときな。これも、なにかの縁があったからじゃねーか」
 後部座席のサンパウロ在住の男が、
「それで、ブラジルの悪い印象を打ち消しなさい。これから、きっといい事も沢山ありますよ」
 それでも遠慮する旅僧にジョージが、
「素直に受け取りなさいよ」
その強い口調で、旅僧は窮屈な後部座席で中腰になり一礼して、
「皆様の御厚意にあつくお礼申し上げます。ありがたく・・・」
助手席の男が結果に満足して、
「中嶋和尚はブラジルでさっそく貴重な体験をしたじゃねーか」
「おっしゃる通りです。ブラジルに着いた途端、仏様から『お咎め』を受け、『悲(あわれ)み』によって救われ、更に『慈(おめぐ)み』まで賜り、『;普賢菩薩(ふげんぼさつ)』さまのけしん;化身のような皆様からお『慈悲』の有りがたさを教わりました」
「『フゲンボサツ』?」
「『慈悲』を司る仏さまです」
「俺(おい)ら;等がその仏の化身だなんて、そいじゃー、もっと詳しく知りてーな」
 その問いに、傷心の中嶋旅僧は水を得た魚の様に元気を取り戻し、
「はい、『普賢菩薩』さまは、六本牙の白象に乗って、たくさんの菩薩さま達を引き連れ、『お釈迦』さまを訪れ、『十大誓願』をなさったお方と『法華経』にあります」
「『ジュウダイセイガン』? とは、誓いですか?」
 その問にますます目を輝かせ中嶋旅僧は説明を続けた。
「そうです。『十大誓願』とは『如来』さまを称賛し、仏を慕い、仏を大切にし、仏に学び、供養を修め、教義を広め、過ちを素直に悔い、善事者を助け、いつも人々と共にし、得た功徳を人々に回向する』の十項目の誓いです。この十番目の『功徳を人々に回向する』は正に『慈悲』のお誓いです」