連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(20)

ニッケイ新聞 2013年10月10日

「(誰もいないと言っただろう!)」
部屋でグッスリ眠っている中嶋の他に誰もいないと分って急に優しくなった女にジョージは後ろから襲うようにドレスをまくった。
女は直ぐに息を荒くして、
「(どうして、最初から素直に・・・、入れて・・・、くれなかったの?)」
「(こうなるからさ)」そう言いながら、ジョージは硬く熱い男性を濡れた女性にあてがえた。
「(ああっ! ・・・)」
「(シーッ、ボーズが起きるじゃないか)」
「(ボーズって?)」
「(あいつだ、東洋の牧師だ。だから・・・、今夜はこうなりたくなかった)」
 二人は激しく求め合い、疲れ、そのまま眠り込んだ。

 翌朝、深い眠りで長旅の疲れを癒し、爽やかに目覚めた中嶋和尚はベッドから下りて背伸びした後、時差で時間が分からずリビングに出てみた。
 リビングには赤いハイヒールと地味なドレスと白い女の下着が朝の薄明かりに浮び、散らばっていた。
 その光景はたちまち中嶋の脳を刺激し、若い僧には一番の難関である愛欲の煩悩に変身し、ドーパミンを発生させ、理性機能を麻痺させてしまった。更に、影を潜めていた動物性闘争ホルモンのアドレナリンが大量生産され全身に広がった。
 勝手に膨れ上がった愛欲の煩悩に立ち向かおうと、中嶋は自分の部屋に戻り平常心を求めてベッドの上で座禅を組み無我を求めた。しかし、艶めかしい下着の魔力に屈した。
 そこで中嶋は、人間がそう簡単に煩悩から逃れられない事を肯定し、断ちがたい愛欲エネルギーを、悟りを求めるエネルギーに昇華させる『煩悩即菩提』を打ち出した『愛染(あいぜん)明王』に、助けを求めた。
 怖い様相に反し、弓と矢を持った東洋の天使と云われる『愛染明王』は、縁結びの仕事に追われ多忙であったが、遠いブラジルの修行僧の願いとあって『煩悩即菩提』の矢を選び、放った。
 矢は、地球を半周して中嶋に見事命中し、神の幸せホルモンと云われるオキシトシンを注ぎ込み、無秩序に拡がっていた野蛮な動物性愛欲ホルモンを抑えた。
 さらに解決策として『愛染(あいぜん)明王』は第二の幸せの矢を放った。その矢は誤ってジョージの腕の中の女に命中した。その反応が直ぐに起こった。
 ジョージの腕に抱かれ熟睡していた女が目覚め、のどの渇きを覚え、ジョージの腕からするりと抜け出し冷たい水を求めて台所に出た。そして、冷蔵庫から取り出した水を飲むと女は仏界保障付き最高級ホルモンのオキシトシンに満たされた中嶋の部屋に『愛染明王』の指令通り入って来た。