ホーム | 文芸 | 連載小説 | 日本の水が飲みたい=広橋勝造 | 連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(27)

連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(27)

ニッケイ新聞 2013年10月19日

 アパートに戻ると、中嶋は昨夜洗った法衣にアイロンをかけ、身に着けると数珠を手にした。
「中嶋さん、それは?」
「数珠です」
「カトリコ(カトリック教徒)も『ロザリオ』と云って同じ物を使いますよ」
「そうですか。これは私の一番大事な仏具です」
「しかし、長いなー」
「珠は一〇八個あります。半分の五十四個やそのまた半分の二十七個の物が一般的ですが、宗派によって一〇八個の三分の一の三十六個やその半分の十八個のものもあります」
「どうしてそんな半端な数なんですか?」
「一〇八個は人間の煩悩の数です」
「ボンノウ?」
「煩悩とは心身を悩まし、苦しめる作用です。例えば、欲望、怒り、妬み、憎しみ、執着などです」
「それなら、俺はその一〇八個全部を持っていますよ」
 両手を広げ、肩をしぼめて言うジョージに、
「ジョージさんは素晴らしい方です。己の非も悟っておられるからです」
「そんな事言われると窮屈ですよ」
「それに比べて、私は己の非が分からず、サンパウロまで歩こうなんてバカな行為を平気でしたのですよ。私も早くジョージさんの様に・・・」
「俺はとんでもない奴です・・・。それから、カトリコの『ロザリオ』の珠を数えた事があるんですが、円を描いている部分は偶然にも玉が五十四個でしたよ」
「仏教と同じですね」
「十個の固まりが五つあり、その十個の固まりの間に色が違う玉が一個ずつ入って、一箇所だけは玉ではなく紐が出て、十字架が下がっています。だから、円の部分の玉の合計は五十四個でした」
「それは偶然ではないと思います。それから、ジョージさんがとんでもない方だなんて、そんな事ありません。ジョージさんは親から授かった素晴らしい個性と主観で行動されれば間違いありませんよ」
「思い通りにしたら、大変な事をたくさん仕出かしました。それに、社員からは、自分勝手で無責任だと言われています」
「いえ、自分に逆らわない勇気ある方です。私も、ジョージさんを見習って、勇気を出して宮城県人会まで行ってきます」
「一人で!?」
「近くですから大丈夫です」
 法衣をまとった所為であろうか、人が変わった様に凛凛しくなった中嶋は、「大丈夫です」ともう一度言って出かけた。

image_print