連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(38)

ニッケイ新聞 2013年11月5日

「三者が和解してしまうと、どうしようもありませんね」
「そうですよ、特に司法が独立していないのは国が死んだも同然です」
「国民は?」
「寛容ですね」
「革命とか、起こらないのですか?」
「全てとは言えませんが、ブラジルは革命や戦争には無縁な国です。他の国では国を分裂させて内戦になる事でも、この国は平和的に終わります」
「ブラジルでは内戦なんかなかったのですね」
「ありましたが、大惨事に至らなかったです」
「とは?」
「敵対する軍団同士が出会っても血生臭い戦いもほとんどなく、兵隊の数で勝敗が決まりました」
「?」
「つまり、人数が多い方が勝ちだったのです」
「?」
「『おおい! 何人だ!』、『百二十人!』『こっちは九十人だ! お前等の勝ちだ!』と云う風にして戦争をした訳です」
「まさか! しかし、良く考えると合理的で、平和な戦争ですね」
「一部では戦闘がありましたが、ブラジルは世界一戦争嫌いな国です」
「きっと、平和を願う女神に守られているのですね」
「仏さまに女性はいるのですか?」
「おられます。怖い『明王』達の中に、すごく優しい相の『孔雀明王』や古代インドの神話で女神だった『弁才天(べんざいてん)』や『吉祥天』です」
「その少ない女神に守られた戦争嫌いのブラジルにこんな笑い話があります。『各国の軍隊がパレードする祭典がありました。最初のパレードはドイツ軍でした。ドイツの将軍が帽子の飾り羽根を隊列に向かって投げ入れました。その羽根が頭に落ちた兵隊は将軍に駆け寄り、ひざまづき、忠誠を誓って将軍の長靴に接吻をしました。それで、ドイツの将軍は得意気になりました。次に行進してきたのは日本帝国陸軍の世界に誇る精鋭の兵士達でした。日本の将軍はドイツに負けじと同じ様に隊列に羽根を投げ入れました。その羽根が頭に落ちた兵士はその場で腹きりして、命を捧げてまで忠誠心を見せました。それを見た負けず嫌いのブラジルの将軍も同じ様に羽根を投げ入れました。すると、腹切りを見ていた世界に誇れるブラジルの兵隊達は隊列を崩し、羽根が自分の頭に落ちて来ない様に、フー、フーと上へ向かって吹き、その羽根は今日まで空を舞っています』」
 中嶋和尚は、口と鼻を手で押さえて苦しそうに笑って、
「すばらしい女神に守られた国民ですね」
「これが、私が自慢したい自分に素直なブラジル人魂です」
 ロビーの混雑がなくなった。インタビューに応じていた政治家達が地元の選挙区に飛立ったからであろうか。
西谷がガラス張りのロビーの外を指し、
「中嶋さん、あれを!」