連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(61)

ニッケイ新聞 2013年12月12日

「(ちょっと、スーパーが閉まる前に食材と飲み物を買ってきます。今ではビール、コカコーラ、グゥアラナと何でもあります。それに、アイスクリームもあるんですよ。電気がなかった十五年前までは、飲み物と云えば、少し冷たく感じる井戸水で冷やしたものでしたからね)」
「便利になりましたね(私達はビールを)」
「(皆さん八時にこの廊下の奥の元食堂に集まって下さい。台所直結の結構大きな憩いの場です。歓迎の意味で夕食会を・・・)」

 シャワーを浴びて爽やかになった皆は、未だ、約束時間まで一時間あったが、クーラー付きの狭い部屋よりも、古い扇風機で強力に風を回し、百ワットの明るい裸電球二つで明るく、広くて居心地のいい元食堂に集まった。
アナジャス軍曹が、
「(『仏教』の事を教えてくれませんか?)」
「(セニョール・ナカジマに説明してもらいましょう)」
「中嶋和尚、仏教の事について軍曹に説明してくれませんか」
「はい!」
 中嶋和尚は得意顔で姿勢を正し、ゆっくりと話し始めた。
「(世界には仏教の他に、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、ヒンドゥー教等、世界的規模の宗教や、小規模の民族宗教、アニミズム、自然崇拝、トーテミズム等の原始宗教など多種多様の宗教がそれぞれの事情に合った形で全ての地域にあります。それは、宗教とは人間にとって大切なもので、又、絶対に必要なものだからです)」皆も中嶋和尚の様に姿勢を正して聞いた。
「(生物は、いつかは死ななければなりません・・・)」
 そこに、遊佐は皆の喜びを期待した冷たいビールを冷蔵庫に入れると自分も加わった。
「(・・・、動物は死の瞬間が来るまで恐怖を感じませんが、人間は最愛の人を亡くしたりした時、前もって死への恐怖や悲しみを知り、苦しみます。その苦しみから救うのが宗教の根本的な仕事なのです。・・・、しかし、残念ですが、宗教はそれに留まらず、政治や一部の人の利益に利用されたり、排撃されたりします。例外として、トルコと云う国は法律で、宗教は政治、いや、政治は宗教を利用してはならないと一世紀前から定め、それで、近代化が進み平和に繁栄してきました。・・・、宗教は人間の一番弱くてセンチメンタルな面を司ります。ですから、誤れば危険なものです。例えば、国民を戦争に駆り立てる手段に利用されたり・・・)」一同は頷いた。
「(人々を戦争に追いやる他の手段として独裁政治がありますが。これは宗教とは逆の恐怖や強制的な手段を用います。しかし、独裁者も最終的には自分を神様だと巧みに自らを祭り上げて絶対者となり、結局、宗教的な真似ごとで民衆をだまし戦争に導きます)」