連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(73)

ニッケイ新聞 2014年1月7日

「この方達を成仏させる事が出来るのは、ここにお集まりのあなた方だと思います。私は皆様の願いをお助けしただけです。それに、今頃になって、私はのこのこ出てきた坊主と思われています。残念ですが、そう思われても仕方ありません。僧侶も先駆者と一緒に密林に入植して苦楽を共にしなくてはならなかったのです。私には成仏させる力も資格もありません」

「そんな事ありません。先駆者は俺達以上に頑固な人達でしたから、当然、簡単には成仏しないでしょう。仕方ありませんよ・・・」

「『南無妙法蓮華経』を毎日唱えて下さい。きっと彼等に伝わります。先駆者は既にトメアスにお集まりです。それは、心の底では成仏したいあらわれだと思います」

「そうですよ」

「私はアマゾンの大自然に心まで吸い込まれ、慰霊祭を行うのも不安でした。この神秘に包まれたアマゾンの壮大な自然は仏さまにとっても未知の世界で、そこでの慰霊祭は私にとって大きな挑戦でした。それを、このアマゾンの大自然で闘ってこられた皆様と一緒になって『君が代』を歌い、『故郷』を歌って密林をさ迷っていた先駆者の魂を呼び、成仏させる事が出来たのです。それが出来ただけでも・・・、しかし、まだ半数の先駆者の供養はこれからです」

「私達に出来るのであれば、きっと、成仏させてやりますよ」

余りにも遅かった慰霊祭、長い年月アマゾンの密林をさ迷い続けていた先駆者への謝意の心と、それが完全ではなかったが、やっとかなったうれしさで参加者の中に、涙する者もいた。

祭壇には供養され、やっと成仏できた先駆者達が辛かった長い年月をお互いにねぎらい合っていた。中には霊獣となった仲間を成仏するよう誘っている先駆者もいた。

命を奪うかの様に群がる無数の霊獣の悪戯と、全精力を使い果たした中嶋和尚は目まいがした。それでもなんとか姿勢を保とうとしたが、そのまま気を失い、側の西谷の肩に倒れ込んでしまった。

西谷が、

「中嶋さん! 大丈夫ですか?」中嶋和尚を大きな椅子に座らせ、

「とりあえず水を・・・」

セラミックのフィルターで濾され壺に溜められたアマゾンの水を中嶋和尚に与えた。

頭が朦朧とするなかで、中嶋和尚はむさぼるように水を飲んだ。そのアマゾンの水は生ぬるくカビ臭かった。

その後、アマゾンで採れる強壮剤にもなるグァラナの実が浸かった焼酎を一口飲まされた。

失った血圧が整えられ、中嶋和尚は信じられないほど元気になった。