連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(85)

ニッケイ新聞 2014年1月25日

「夢、とか大志だ」古参の一世が省吾を助けた。

「そう、夢を取り戻し、こんなドンチャン騒ぎになるとは想像もせんかったです。皆、なにか強い力を授かった様な、うちが小さかった頃の開拓時代の貧しく苦しかったばってんが、底抜けの楽しさと希望を取り戻した様な、そんな気がしたと。オショウサン、ありがとうございました。これは、私達第三トメアス一同の心からのお礼です。受取ってくれんね」

中村省吾は九州地方の方言が混ざってしまったが、二世にしては立派な日本語でのスピーチを終わらせ、皆からのお布施の封筒を差し出した。

遠慮する中嶋和尚に代わって西谷が丁寧に受け取り、中嶋和尚に手渡した。

中嶋和尚が、

「とんでもありません。私がお礼を申し上げなくてはなりません。このアマゾンの奥で、みな様のご協力で立派に慰霊祭を謹行出来た事に感謝します。また、こんな密林の奥の、その又奥にこんなに大勢の素晴らしい日本人達と会えて光栄でした。みな様有難うございました」

「是非、戻って来て下さい」

「再来年のアマゾン移民八十周年には参加を願います」

「お願いします」

ついさっきまでドンチャン騒ぎしていた大男達がシュンとなって今にも泣き出しそうな顔で別れを惜しんだ。大粒の涙を流している若者もいた。その陰で成仏しなかった頑固な先駆者達も別れを惜しんだ。

第十二章 無我

翌朝、西谷達はまだ暗い四時半に遊佐経営のペンションを発った。二日酔いの二十人ほどの日本人達が見送りに来ていた。

二台のジープはヘッドライトを灯し護衛のジープを先頭に出発した。町はずれで成仏した先駆者達が嬉しそうな顔で見送った。それから数キロ走ってから霊獣化した先駆者の霊が中嶋和尚のジープに別れを惜しむように纏わり続けた。

空が明るくなり始めると、霊獣達は消え去った。それから、細い舗装された州道を三十キロ程走ると街が現れた。

第一トメアスである。未だ眠りから覚めていない中心街を走り抜け、密林に入ってしばらくしてベレンへの泥道に突っ込んだ。昨日降った雨で来る時よりも横滑りした。

昨夜、西谷は好きな酒を飲み過ぎたのであろう、腕を組み、車の揺れに合わせて頭を前にふりながら居眠りした。